加藤は僕の右肩をがっし、とつかむと笑って言った。一見、親しげな笑顔だが、その裏に有無をいわせない強い意思を感じる。今の加藤に逆らうのは、かなりの労力を要するだろう。こいつは笑っていても、次の瞬間、相手を躊躇なく攻撃できる。微笑、嘲笑、本当に嬉しくて笑う笑顔、怒っているのに精緻に作り込まれた笑顔。だんだん僕は彼女の笑い顔の向こうにある本当の感情を何となく読み取れるようになっていた。今の僕には彼女に逆らうほどの気力も理由も持ち合わせてはなかった。ため息一つ。僕は自分の席に近づくとフックにかけてある鞄を手にして、「行くか」とぶっきらぼうに言った。加藤は満足げに「うん」と頷いた。僕達がそろって教室を出る時、案の定、クラスの連中――他人様が僕達に聞こえるか聞こえないかの微妙なボリュームで陰口を叩いた。

 別に構わない。

 僕は、他人よりも、乱暴でずる賢い友達もどきの加藤を優先する。

 廊下を二人で並んで歩く時、加藤は「一人が好きなわけじゃないよ」と鼻歌を歌っていた。お前もたいがい昭和じゃないか、と僕がツッコむと「知ってるあんたもね」と返された。

 そう。

 一人が好きなわけじゃないさ、誰だって。