加藤の頬を涙が伝ってこぼれた。僕は再び沈黙する。彼女に何を言ってあげたらいいのか分からない。僕の中で肺炎で苦しんでいた妹と、僕を泣きながら見下ろす加藤の姿が重なった。僕は心に湧き上がる殺意(こうい、とルビを振る)を必死に抑えつけた。じわっじわっとアブラゼミが弱々しく鳴く。今までのような叫びではなく、まるで助けを求めるような声だった。その声が僕達の間に横たわる沈黙を埋めてくれていた。だが、彼はやがてぼとりとあっけなく樹から落ちた。僕と加藤は、僕達の間に落ちたアブラゼミを黙って見つめる。彼は地面で羽を広げて震えている。もがきながら苦しげに最後の夏の歌を歌おうとするアブラゼミ。でも、その鳴き声はじっ、じっ、と断末魔の呼吸のようで、とても歌とは言えない代物だった。

 加藤は、その蝉をしばらく見つめた後、黙って踏み潰した。

「この子、最後までキレイだったよね」と加藤は微笑した。
「こんな風に死ねたらいいな」と僕は答えた。 
「うん、すごくいい」
 彼女はアブラゼミを踏み潰したまま、屈むと僕に右手を差し出した。

 僕は、気がついたら、加藤の手を握っていた。

 ヒトデナシ同盟の始まりだった。