加藤は僕に首を絞められながら、途切れ、途切れに声を発し、僕の両手の甲に、自分の爪を立てて吐息を漏らす。僕の手の甲から血が流れ出す。けれど僕は手を放さない。加藤は苦しそうに、けれど、よだれを垂らして恍惚とした表情で言った。「でも、友達、程度に、殺されたく、ないかな」

 加藤は右足で思い切り、僕の股間を蹴り上げた。容赦の無い一撃だった。睾丸が破裂したかと思うほど激しい痛みが脳天まで駆け抜け、僕は地面に膝から崩れ落ち、両手が彼女の首から離れた。あまりの痛みに、涙が勝手に出てくる。そして、僕は射精していた。

「……緒方、改めて、言うよ」

 彼女の声に、顔を上げる。首に僕の指の跡が残った加藤が、息を荒げて時折、咳き込みながら僕を見下ろしていた。

「友達に、なって」
「無理だよ、加藤」僕は地面に這いつくばったまま、彼女に答えた。「僕にとっては友達でも近すぎる。危険水域なんだ」
 ようやく僕の理性がまともに機能しだした。そう、僕にとっては友達という存在すら制御不能の殺意(こうい)を向ける対象となってしまうのだ。だから、ずっとハブられるようにして生きてきたんだ。
「でも、他人は嫌。遠すぎるよ」加藤は呼吸を整えながら、そんなことを言った。僕は彼女を見上げる。彼女は泣きそうな顔をしていた。僕には彼女の気持ちが痛いほど分かる。ヒトデナシでも他者からの承認が欲しいのだ。家族以外の同世代の誰かからの。
「お互い殺さないぎりぎりで、ふんばろうよ。適度な距離を模索して接していこうよ。こんなこと私と同じヒトデナシの緒方にしか頼めないんだよ」
「一人で居ればいい。ずっと一人で死んだフリして死ぬまで淡々と毎日をやり過ごせばいいんだ」僕は地面に両手をついたまま言った。お前も僕と同じようにすればいい、と。
「孤独は人を蝕むって、精神科の医者が言ってた。私もそう思う。私、もうボロボロなんだよ。毎晩泣いてる。勝手にセックスして私なんかを産んだ親を恨んでる」
「なら、自殺すればいい」
「それは無理だよ。だって、私、好きな人しか殺せない。私、自分大嫌いなんだ……」