私は背中をぽかぽかと、和さんにぐーぱんで小突かれる。だから、三十路過ぎらしい言動じゃないよ、和さん。

「僕はもう帰るよ。これ、ここに置くから」

 私についてきた緒方は教科書の束を、玄関マットの上にそっと置くと、すぐに踵を返した。

「何でよ、ノド乾いてるでしょ」私はすぐに右手の紙袋を廊下に落とすと、その手を伸ばして彼の手首を掴んでいた。ほとんど無意識の行動だった。手のひらに彼の熱い体温と、汗の湿り気を感じた。

「そうだよ、お茶でもコーヒーでもビールでも、好きなだけ飲んでってよ、緒方くんとやら。杏ちゃんの友達なら私の友達同然だから。するぜするぜ~~♪ 超歓待するぜ!」和さんが両手の親指を立てて、身体を左右に激しく揺らした。ひらひらと舞う白いワンピースの裾がまるでフラダンスをするハワイの女の腰蓑みたいで、素晴らしくダサい。

「未成年に飲酒を勧めないでください」私は、はぁと息を吐く。
「杏ちゃん、大人には呑まなきゃやってられないこともあるんだよ! 仕事のストレスとか、仕事上の付き合いとか」
「和さんは、スーパーニートじゃないですか」
「覚醒した猿宇宙人みたいに言うな! オラ、何だかわくわくしてきたぞ!」

 和さんは、両手で髪を真上に何度もかき上げていた。また意味不明なことを。何の真似なのよ。

「すみません、実は急いで学校に戻らないといけないんです」

 緒方は私と和さんの馬鹿なやりとりには、とりあえず触れずに会話を進めてくれた。

「え? 何で? もしかして部活してた?」私が緒方の顔を見る。

「自分の鞄とケータイ忘れてきた」緒方は少し恥ずかしそうに答えた。

 ぷっ。

 私は、つい噴き出してしまった。

「笑うなよ」
「ごめん、でも、あんた案外抜けてるね」
「悪かったな」緒方が憮然とする。
「ごめんごめん、私のせいだよね。何なら私も付き合うよ」
「それあんまり意味ないだろう。失礼します」

 緒方は和さんに会釈すると、軽く私の手を振りほどいて、玄関を出た。

「あ……」