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「お帰りー。あれ、誰、その子」

 私と緒方が、『ウェルカム、銀河商店街』と書かれたアーチが恥ずかしいアーケ―ド街を三分ほど歩いてコメダという名の喫茶店(この辺では有名なチェーン店らしい)の前を左に曲がってさらに三分ほど歩くと、周囲の家々とは明らかに違う立派な二世代住居っぽい真新しい家が建っていた。黒い大理石で出来た表札には『加藤』と白い文字が彫られている。庭に立っている和さんはホースでベンツに大量の水をかけながら、フェンス越しに私達を目を細めて見ていた。

「金持ちだな」

 緒方は私の横で、ごく率直な意見を口にした。

「金持ちだよ」

 私もフラットな声で返答した。

「何々? もしかして、もう友達出来ちゃったの? 杏ちゃんのくせに生意気だぞ!」

 和さんは水が出っぱなしのホースを勢いよく放り出すと、まるでご主人様の帰りを待ち望んでいた子犬のように、ダッシュして玄関に回ると、「ソイヤ!」と声を上げて、すぐに門の扉を両手で左右にスライドさせて開いた。

 テンション高っ。こっちが恥ずかしくなる。

「私のくせにってなんですか」

 私はその場をごまかすために、わざと怒ったような声で言った。

「だって、杏ちゃんは、私以外の友達なんて、今まで居なかったじゃん」
「和さんは、友達じゃありません」
「え~~っ?! 何、それひどくない?」

 和さんはぷくっと頬を膨らませて、唇を尖らせて、拗ねる。童顔だから可愛いけど、やめてよ、三十路越えなんだから。

「加藤さんのお姉さん?」緒方が困惑した顔で、私達に尋ねた。
「大正解!」「叔母さんだよ」

 私と和さんは同時に、違う言葉を緒方に返した。

「どうして家族なのに、見解が違うんだ……」

 めったなことでは動揺しなさそうな緒方が、私と和さんを交互に何度か見やり、その場に固まってしまっていた。まあ、無理も無い。こんな幼児がそのまま身体だけ大人になったような人は、早々居ない。私だって、小さな頃から知っていなかったら、絶対にこの人の言動を理解できずに混乱するだろう。

「とにかく上がってよ、緒方くん。約束通りお茶出すから。いいですよね、和おばさん」

 私は和さんの返事もまたずに、門をくぐって左手で扉を開けた。

「上がってもらうのはいいけど、おばさん呼びはいくない!」