「ねえ、緒方くん」

 沈黙に耐えきれず、私は緒方と校門をくぐった時、声を絞り出した。 

「何?」
「私のこと、どう思う?」

 おい、何を訊いているんだ、私は。これじゃあ、まるで、私が緒方を、

「つむじの子」
「は?」
「今日、いきなり僕のつむじ触っただろう」
「ああ、そっか」

 そんなことすっかり頭の中から、抜け落ちていた。何であんなことしたんだろうと思ったけど、今の私には分かる。きっと私は自分でも気づかないうちに本能で嗅ぎ取っていたんだ。

「それから、加藤さんのつむじも、可愛かったし」
「何、それ、いつの間に見たのよ」

 ていうか、顔じゃなくてつむじを褒めるのかよ、あんたは。

「さっき、教科書拾ってる時見た。何かいいよ、加藤さんのつむじ」
「五月蠅い、勝手に見るな、エロ男子!」

 そんなパーツだけを褒められたって嬉しくない。むしろ大抵の男が色目を使ってくるくらい容姿には自信を持っていた私にとって、その言葉はむしろ屈辱だ。私は軽く緒方の足首を、げしっ、と蹴っ飛ばした。

「お前は、勝手に触ったくせに」

 緒方が生意気にも反論してくる。ああ、こんな顔して怒るんだ、こいつ。

「女子はいいのよ」
「お前、友達いないだろ。ひどい性格だ」
「あんただって、クラスでハブられてるくせに」

 私達は言い合いをしながら、アスファルトの照り返しが厳しい夏の午後、駅前方面に向かって歩いて行った。アブラゼミの鳴き声があいかわらずどしゃぶりの雨のように私達の頭の上から降り注いでくる。セックスしたい、交尾の相手が欲しい、と泣きわめいている。私は口では緒方に悪態をつきながらも、何だか楽しかった。私が、この加藤杏が、まるでフツーの女の子みたいにクラスメイトの男子と話しながら歩いている。不思議な感覚がする。地に足がまともにつかずふわふわした感じ。緒方はあの時の人形のような雰囲気はすっかり消し飛び、憮然としたり、ごくまれに笑ったりしながら素直に感情を表している。人形のようになって心を閉ざすか、赤ん坊のように無防備な心を解放するか。彼はその二つを使い分けて生きているんだ、きっと。

 そっか。

 緒方、あんたも擬態してるんだね。