私は涼しい顔で、そう答えると屈んで床に散らばった教科書を集め始めた。生徒達がようやく声を出すのを思い出したというように、「中野先生、あの転校生無茶苦茶なんです」「さっき山際さん達に死ねって言いました」「叱ってください」「宮ちゃん先生じゃ頼りにならないんです」とざわめきだす。私は知らん顔して集めた教科書を、紙袋に詰め直すと一番後ろの席に黙って着席した。中野と呼ばれた教師は担任に「転校生一人くらいで騒ぎを起こしてちゃクラス担任は務まりませんよ」と言っていた。担任はひたすら「すみません」を繰り返してぺこぺこ頭を下げると、私に向かって「放課後職員室に来るんだ、加藤」と捨て台詞を残して、私の返事も聞かずに逃げるように教室を出た。

「転校生、宮下先生の言うことを必ず聞くように」中野が私に念を押す。
「はい」

 私はとりあえずという感じの、返事を返した。視線は中野ではなく、例の男子に注いでいる。

「よし、全員、教科書を開け。先週の続き、五十三ページから。出席番号六番、緒方読め」
「先生、緒方くん、また寝ちゃってます」

 私の右斜め前の女子が、例の男子を指さしてそう言った。

 窓から降り注ぐ殺人的な熱さの太陽光線を浴びても、強面の教師に大声で怒鳴られても、隣の女子に肩を掴まれて揺さぶられても、まったく気づかず眠り続ける男子の背中を、私は頬杖をついてにらんでいた。



 オガタ、ていうんだ、こいつ。