特に特徴の無い、フツーの黒髪の男子だ。だが、私の目は彼のつむじをじっと見つめている。何だろう、この感じ。何だかよく分からないけど、私はその男子のつむじが気になった。私の両手から教科書の入った紙袋が床に落ちる。派手な音を立てて教科書が四散したが気にしない。私は彼の机に左手をつくと、右手の人差し指で彼のつむじを押していた。ぴくん、とその男子が肩を震わせて、顔を上げて私を見た。私も彼のつむじに指先を当てたまま、彼の顔を見る。童顔気味の気の弱そうな顔。だけど、私は見逃さなかった。眠そうに細められた目の奥に宿す光が、周囲の子供達とはまるで異質だということを。

 こいつは、違うぞ。

 危険だ。

 こいつも、私と同じように隠した“何か”を持っている。

 私の中で、大音響で警告ブザーが鳴り響く。

「何?」

 その男子は、私につむじを触られたまま、私に尋ねた。

「つむじが気になったから」
「誰?」
「加藤杏。転校生」
「そう」

 彼は短すぎる返事を返すと、またそのまま寝ようと、スチール製の狭い机の上で組んだ両腕に顔を沈めようとする。もう私には興味はないと言うように。異性が、私が、加藤杏が直接頭に触れているというのに、まるで何とも思っていない。

 存在を軽んじられた。

 片田舎の同級生の男子のくせに。

 ムカつく。

 恐れの感情を、怒りの感情で上書きされた私は、彼の机の脚を思い切り蹴飛ばしていた。がこん! という金属音が静かな教室に響いた。強い震動が彼の身体に伝わったはずだ。周囲の生徒達は「ひっ」とカエルがしゃっくりをしたような声を上げて引いていた。だが、彼はそのままの体勢で微動だにしなかった。というか、もう寝息を立てている。

「何なのよ、こいつ……」

 私は目の前の男子のつむじをにらみつけながら、今度は無防備な首に肘でも入れてやろうかと思った。が、教室の扉が勢いよく開いて、「おい、お前何をしている!」と野太い男の声に止められた。見ると、宮下よりも身体の一回り大きいスポーツ刈りの中年が肩をいからせて立っていた。どうやら五時限目の担当教師らしい。

「何でもないです。教科書落としちゃっただけです」