僕はほとんど無意識に目の前の少女に問いかけていた。

「加藤だよ。嫌だなもう私なんて忘れてた?」目の前の少女が今度は、はっきりと笑った。長い前髪の向こうの大きな瞳と長いまつげが、柔らかい弧を描く。
「訊きたいことがあるんだけど」
「言ってみ」
「どうして僕と同級生の君が、未だに高校生なんだ?」
「ああ、そっか」彼女は納得した顔になると、だらしなく開いたシャツの襟元に引っかけてある学校指定の細いリボンを右手の人差し指と親指でつまんで「これは仕事着だよ」と答えた。
「それは僕の卒業した高校の制服だ。スカートはそんなに短くは無かったけどね」
「緒方、コスチュームプレイという文化がこの国にはあってね、今夜はたまたま最後の客が指定したのがこの制服だっただけだよ。いつもは着替えて帰るんだけど、色々と五月蠅い客だったんだ。『家に帰るまでがコスチュームプレイだ』だってさ。何言ってんのか分かんないよね。遠足かよって思って、私、ホテル出てから声出して笑っちゃったよ」

 加藤杏(と思しき少女)が、くすくすと笑う。加藤は実に色々な笑い方をする。とりあえずベースに笑顔を作って、そこに別の感情を乗せて表情を作るのが、彼女なりの処世術だ。笑えば傷つかない、傷つけないと。僕が心に殻をまとって防御壁を作るように、加藤は笑顔で内面に見えないシールドを張る。

「どうして、君がコスプレなんてしてる?」

 僕は未だに雑誌を持ったまま、その場に凍り付いたように固まり再び問いかけた。

「今、私、JKデリヘルで働いてるから」加藤はあっさりとカミングアウトした。「私、見た目まだ未成年だし、ほら、本物に見えるでしょ?」
「ああ。だから、僕は加藤に似てる子だなとは思ったけど、本人とは分からなかったんだ」
「緒方は、すっかり大人だよね。よれよれの安っぽいネクタイとか、疲れ切った顔とか。ボロボロな感じがカッコ良いよ。でも、頬こけてるよ、痩せすぎかも。ちゃんと食べてる?」
「どういう食べ方がちゃんとしてるかは分からないけど、一応、ここで毎日何か買って食べてるよ」
「自炊しなよ。お金貯まんないよ?」
「加藤が風俗で働いてるのは金が欲しいからか?」
「全国の鑑別所や少年院を十年近くたらい回しにされて、やっと出所した女がまともな仕事に就けると緒方は思う?」