部屋の入り口のポストに何かが投函された音がした。これは予想外だ。あたしには当然そんなものは来ないし、杏の父親も杏を売り飛ばした。今さら誰もこの子に興味なんかないはず。杏はポストから取り出した手紙(もちろん開封して職員がチェック済みだ。)を取り出してしばらくその場に立ったまま、じっと便せんに目線を走らせていた。そして、驚いたことに泣き始めたのだ。

「緒方、緒方ぁ……」

 この施設に放り込まれて、いつレイプされるか分からないと知ってもほとんど動揺を見せなかった子が、たった一通の手紙でめちゃくちゃ泣いている。あたしは驚きと同時に杏に嫉妬した。あんた、そんなに大切な人がいるのか。誰かと強く結びついているのか。そんなのおかしいだろう。この施設にいる連中は、皆、ひとりぼっちのはずだ。貧困だったり、病気だったり何らかの理由で社会から放逐された者の集まりだ。あたしやお父さんでさえそれは変わらないのに。

 皆、孤独のはずなのに――。

「杏、すっごい泣いてるけど、それ誰からの手紙?」あたしはたまらずに尋ねた。
「私の初恋の子だよ」杏はすぐにそう言った。あたしの嫉妬の感情はさらに強くなり憎悪に変わっていく。
「いいな、杏、彼氏いたんだ。心配してくれる人いるんじゃん」

 でも、あたしは演技を続ける。まだだ。今はまだこの子を壊す時じゃない。

「彼氏じゃないよ、まだ告ってないし、されてもないし」
「何て書いてあったの?」
「……マズい、何とかあいつに知らせないと」

 あたしの問いかけを無視して、杏はつぶやく。蹴ってやりたくなったが耐えた。

「え? どうしたの?」
「この手紙を書いた子が、ここに来るかもしれない。この学園の実態を知らせて止めないと」
「それが出来ないから、あたし達、絶望してるんじゃん! その手紙だって、開封されてたでしょ? 電話は出来ないし、手紙の内容もチェックされる。脱走も無理。どうやって知らせるの?」

 あはは、こいつまだこんなこと言ってるし。現状を把握できてないの? 馬鹿じゃん。
 
 しかし、あたしの内心の嘲笑など杏に聞こえるはずもない。彼女はバッグから手帳とボールペンを取り出すと、床にぺったりと座り込んだまま、何かを書き始めた。

「何をする気なの? 杏」
「彼に手紙を出す。ここに来るなって伝える」