第29話 稚拙すぎる暗号はその子には届かない

 杏がお父さんの診療を受けている内に、あたしは大急ぎで彼女をハメる計画を進める。柘植美保を呼び出すと杏のクソ重たいキャリーバッグをあたしと杏の部屋まで運ばせて荷物をぶちまけさせた。柘植は終始浮かない顔をしてぶつぶつと文句を言っていたが、結局あたしの言うことに従った。床に四散した荷物の中から、あたしは杏のブラとパンツを一組だけ拾い上げると、柘植に差し出した。

「これ燃やしといて」
「……何でよ?」柘植が思い切り顔をしかめた。
「これやったの、海道のせいにするから。あいつ下着ドロっぽいでしょ? ロリコンの変態だし」
「ロリコンなのは、あんたの父親も同じでしょ。社会不適合者で犯罪者一家の藤原皐」

 柘植が吐き捨てるように、そう言うとあたしは、素早く彼女の制服の胸ぐらを掴んで、思い切り力を入れてあたしの方へと顔を引き寄せた。柘植は「ひっ」と声を上げると表情が瞬時に恐怖へと染まっていく。

「あんた、ムカついたわ。午前のお父さんの相手はあんたがしなさい」
「そんな、昼の籤は小川が当たって……」
「あんた最近反抗的だからね。再教育ってとこよ」
「ご、ごめんなさい! 私は別に」

 柘植が半泣きになって私に許しを請う。

 ぞくぞくした。

 そう、これが快感なんだ。可愛い子、キレイな子の心をぽきぽきと折ってやるのが。あたしは下半身の茂みが少し濡れてくるのを感じる。柘植、口ではああ言ったけど、あたしはあなたが気に入ってるのよ。一年もここに、あたしとお父さんだけの楽園に来て、まだ自我をかろうじて保てているあなたの強さが大好きよ。

「これは命令よ、行きなさい」

 あたしはわざと冷たい声で言い切り、彼女を部屋の出口の方に突き飛ばした。さらに柘植を追い込む。彼女の顔色から血の気が引く。ああ、いいよ、柘植。今、ここであなたを犯して壊してしまいたいくらい。でも、それはしない。もっとお気に入りになるかもしれない加藤杏を騙すためにこの子にはまだ生きていてもらう。柘植は肩を落として、ふらふらと部屋を出て行こうとする。

「あ、待って、柘植」あたしは柘植を呼び止める。
「……何?」柘植はあたしに背を向けたまま、返事をした。
「出て行く前に、あたしにビンタして。思い切りね」


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