そもそも、友達って何なのかすら分からない。

「どんなに大切な友人でも、人は自分が生き残るためなら切り捨てることができるんだよ。人の脳はそうできている。心を安定させるために、命を守るために、そういう安全機能が備わっているんだ。いいかい、緒方くん、人間は自分のためならどこまでも薄情になれる生き物なんだ。逆にずっと大切に思い続けることの方が難しい。時間薬が効いてくるからね。時がすべて解決してくれるってね。僕はこれ以上の薬はこの世にないと思っている。まさに万能薬だよ」



 診療を終えた後、僕は四週間分の抗うつ剤と睡眠薬、それに時間薬が処方された。あの医師が両親に一ヶ月くらい僕をこのままそっとしておきなさいと言ったのだ。
 その後、僕は彼の言葉が正しかったことを思い知る。

 最後の抗うつ剤を飲んだ日の朝、僕は自分の殻を取り戻し、自室から出て登校した。

 たった四週間、たったそれだけの期間。

 僕に処方された時間薬は、加藤杏を失った痛みをほとんど取り除いてしまったのだ。

 新しく出来たより強固な殻を身につけて、僕は日常に何食わぬ顔をして復帰した。

 自分でも嫌になる。

 ヒトデナシの上に薄情者の僕に。

 その日、僕は電車の中吊り広告であの事件を知ることになる。『十七人を刺殺した十四歳の殺人鬼少女Aはサイコパスだったのか?』と赤いゴシック体の文字と目線は引いてあるけれど彼女を知っている人なら一発で加藤杏だと分かるモノクロ写真が電車の振動に合わせて揺れていた。僕は慌てて一番近くの駅で降りると、改札をくぐり抜けてそばのコンビニエンスストアに駆け込んでその雑誌を買い、外の駐車場に出るとすぐに読んだ。

 僕はその時、ようやく彼女が一人で“真実”を叫ぼうとしていたことを知った。

 痛みが再び僕を襲ったのを覚えている。

 それから十年経った今、奇しくも僕は、同じコンビニに向かって歩いている。藤原に教えた僕のアパートから五分の場所にあるお気に入りの店だ。時折すれ違う車のヘッドライトとテールライト以外光のない暗い歩道を三分ほど歩くと、その店の前に到着した。