おじさんの手には濃い紫色のビロードの仮面が握られている。

「あそこはバスティーユ牢獄なの?」

「そうだと思う。鉄仮面の伝説があるパリの牢獄だね。鉄仮面の男と言われているけど、それは後に舞台や映画で鉄仮面が使われていた影響だと言われていて、実際にはこういう布製の覆面だったそうだよ」

へぇって感心してる場合じゃない。

「僕が思うに、あの牢獄に囚われた囚人はきっと度々顔が変わっていたんだ。それでこの仮面を被せることにしたんじゃないかな」

「どういうこと?」

「今は碧が仮面の男になってるはずだ」

「わけわかんないよ!」

なんで碧がそんなことにならなきゃならないの。そりゃ、連れて行ったのはわたしだけど。

「お香を使った人間が入れ替わり立ち替わりあの牢獄を訪れる。見張りにしてみれば、囚人の姿が変わったように見えるだろ。混乱を避けるために、覆面で顔を隠すことにしたんじゃないかな。囚人の顔が変わる理由は誰にも分からなかったはずだ。不思議とこの仮面を被ると思考能力が鈍るようなんだ。自分はあの牢獄に囚われた囚人なんだと思い込まされる」

お香のせいで未来から、しかも遠く離れた日本から来ました、なんて誰が信じるだろう。まして言葉も通じないんだから。

それに意味の分からない仮面まで被せられて勝手に囚人にされちゃうなんて!

「とにかく、早く碧を助けに行かなきゃ」

わたしは最後のお香を手にとり、ライターで火を点けようとした。

「待って」

それをおじさんが止め、わたしの手からお香を取り上げる。

そしてそれを半分に折ってしまった。

「七月子は外に出ていなさい。僕が行ってくる。お香の半分は念の為七月子が持っていて、もし僕たちが戻らなかったら」

「わたしが助けに行くわ!」

「ダメだ。もし、僕たちが帰らなかった時はこのお香と同じ物を探すか、誰かに相談して。絶対に自分で使わないこと」

おじさんは真剣な目でわたしを見つめ、何度も念を押した。

わたしはしぶしぶ頷き部屋を出た。ドアは少し開けておいた。