碧が何かを言いかけたけれど、誰かが部屋に入ってくる気配がして、慌ててその口を手で押さえた。

衛兵は三人になっていた。こちらが二人なのを見て応援を連れて戻ってきたんだ。

もう逃げ道はない。

お香が燃え尽きるのを待つのみだ。

衛兵たちのまくし立てる声は何を言っているのか全然聞き取れない。やっぱりここは日本じゃないんだ。

「何のようだ」

仮面の人の声が、今まさにわたしたちを捕まえようと歩み寄ってくる衛兵たちを振り向かせた。

衛兵がわたしと碧の腕を掴んでベッドの影から引きずり出した。乱暴に掴まれ悲鳴を上げそうになる。

「私の客人だ」

何故か仮面の人の声は聞き取れた。その言葉が衛兵たちに通じているのか、衛兵たちはわたしたちと仮面の人を交互に見比べた後、しぶしぶといった感じでわたしたちを解放した。

その時、入り口に立っていた仮面の人がふらりと上体を傾がせた。鉄格子に肩をぶつけたかと思うと苦しそうに呻き声を上げた。頭が痛むのか両手で仮面を押さえている。

「おじさん!」

駆け寄ったわたしは、仮面越しにその目を覗きこんだ。苦しそうに閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がりブラウンの瞳がわたしを映していた。

「……な、つこ?」

「おじさん、春彦おじさん!」

わたしを見て七月子って名前を呼んだ。やっぱり春彦おじさんだった!

わたしはもう間もなく来るであろうその時に備えて、おじさんの腕にしがみついた。

絶対連れて帰るんだから。

ゆっくりと視界がぼやけ始めたその時、ガチャンと鉄格子の閉まる音がした。

「姉ちゃん!」

碧の声に振り返ると、何故か碧は鉄格子の向こうにいた。

その両脇を衛兵が捕まえるように立っている。

「碧!」

どうすることもできなかった。一瞬のうちに碧の姿も鉄格子もわたしの目の前から消えてしまった。

そこには見慣れた自分の部屋のドアがあるだけだった。

わたしの手はおじさんの腕を掴んだままだ。

「……碧?」

まさか、バスティーユ牢獄に取り残されてなんかないよね?

ドアの向こうにいるんだよね?

おじさんは仮面を脱ぐと、部屋を見回しながら立ち上がった。とても逢いたかった人の姿に胸がいっぱいになる。

「おじさん、無事で良かった」

「七月子、ここは日本なのか」

わたしは大きく頷いた。

「おじさんに聞きたいことがいっぱいあるんだから」

聞きたいことも言いたいことも山のようにある。それなのに出てくるのは涙ばかりで、ちっとも言葉にならない。

そんなわたしを困ったように見ていたおじさんは、ゆっくりと包み込むようにハグをしてくれた。

そうするうちに、嫌な予感が頭をもたげ始めた。どうして碧はいつまでたっても部屋に入って来ないんだろう。

閉じたままのドアを振り返り「碧」と名前を呼ぶ。返事はない。

もし、そこに碧がいなかったらどうしよう。