「昨日はひどい目にあった」
井戸で顔を洗ったあと、俺は家の裏に周り風呂釜に火をつけて朝風呂の用意を始めた。
昨日なんだかんだで風呂に入れなかったせいで、少し汗が気になったのと――。
「そろそろ洗濯しないと着る服がなくなるからな」
この世界では現状電気製品は動かない。
もちろん電気で動く洗濯機も動くわけがない。
となると手洗いしなければならないわけで。
「昔ドラマで見たような洗濯板はさすがにないからお湯で揉み洗いするだけでしばらくはごまかすか」
そのうちDIYで作ってみるかな。
「さてと、ちょっと早めだと思うけど、少しぬるめのうちに入った方が火加減も調節できるだろうし」
先日はじめての薪風呂でやけどしかけた事を思い出しつつ、温度調整用にバケツ一杯の井戸水を持って脱衣所につながる扉から中に入る。
風呂に入っている途中にお湯の温度が上がりすぎたらこの水を入れれば冷ます事が出来る。
前回のような失敗は繰り返さないために準備した備えだ。
「湯加減はどうかな~」
指で湯の表面を触ってみる。
思ったより少しぬるめだが、体を洗っているうちにちょうどいい熱さになりそうだ。
「それじゃあ贅沢な朝風呂いただきますか」
俺は一度脱衣所に戻ると服を脱いで、洗濯物をひとまとめにしてから戻る。
埃っぽい頭を洗い、続けて体を一通り洗ってから湯船に浸かる。
「ふい~」
計画通りちょうどいいお湯の温度に体がとろけそうだ。
このまま何もせずに過ごしたい所だがそういうわけにはいかない。
百数えるまで浸かったあと、一度湯船を出てから脱衣所からここ数日分の洗濯物を洗い場に持ち込む。
一緒に持ってきた洗剤と風呂のお湯をタライに入れてまずは小物の靴下から洗おうと手にとってゴシゴシと両手で揉むように洗う。
バリッ。
「ぎゃー、貴重な靴下がぁ!!」
力を入れすぎたのか、靴下が真っ二つに裂けてしまった。
たしかに一年ほど使っていたから指先あたりが少し薄くはなっていたが。
「手洗いって難しいんだな……やっぱり洗濯機は偉大だわ。さすが三種の神器様」
靴下はまだタンスの中にそれなりにあるはずだが、服やズボンはそんなにあるわけではない。
街に出向くまでは大事に使わないと。
「よし、思いっきりゴシゴシするのはやめよう」
俺はそれから三十分くらいかけて全てを洗い終わると、最後に自分の体に頭から残り湯をぶっかけ汗を流す。
結局使う事のなかったバケツの水を風呂桶の中に入れて終了だ。
「あとはこれを外に干せば終わりだな」
山盛りの洗濯物を入れた籠と、空っぽになったバケツを持って脱衣所の扉から外に出る。
着替えを用意するのを忘れた事に気がついたので全裸で屋外に出てしまったが、こんな森の奥で誰が見ているわけもないだろう。
脱衣所直通の裏口から物干し場に向かう。
近くにある井戸の横に籠とバケツを一旦置くと、立てかけてあった物干し竿を台座にセット。
そういえばこの世界でも竿竹屋とか存在するのだろうか。
それ以前に竹があるかどうかもわからないけど。
大自然の中、暖かい陽気を全裸の体に感じながら洗濯物を干す。
街中だったらただの変態さんだが、誰もいないこんなど田舎の森の奥だ。
せいぜい森の動物達くらいしかいない。
森の動物達相手に露出プレイする趣味があるわけではないが、それでも謎の開放感があるのは否めない。
「く~っ、この開放感最高だな」
全ての洗濯物を干し終わった俺は、全裸のままラジオ体操を始める。
農作業前に体を温めておきたい。
森の奥のスローライフは体が資本だ。
無理してぎっくり腰にでもなったら助けを呼ぶ事も出来ない。
「いっちにっさんしっ」
思いっきり背後に向けて背中をそらす。
これって誰かに見られたら相当やばい恰好なんじゃね?
そう思いながら「さんしっごーろくっ」という掛け声とともに体を前に戻す。
「あっ」
「あっ」
目が合った。
両手を腰に当てて全裸のまま仁王立ちのようなポーズの俺。
そんな俺の家をぐるりと取り囲むように設置された柵の向こうから驚いた顔で見つめる小柄な少女の目。
「や、やぁ」
「や……いやあああああああああああああああああああああああああああああっ」
ですよねー。
森中に響き渡る少女の悲鳴。
おかげで我に返った俺は慌てて自分の部屋に戻って適当に服を着るともう一度外へ戻った。
「あれ? いない」
拓海が服を着るまでにかかった時間は、ものの五分程度である。
それではその装着プロセスをもう一度見てみよう。
「って、そんな場合じゃない。第一村人、第一村人との第一次接近遭遇が全裸って!」
しかも結構可愛い女の子だったぞ。
というか普通そういうのは逆じゃないのかな。
森の中の泉で水浴びしている所にばったり出会うとかさ。
もちろんその場合水浴びしているのが彼女で、俺は偶然通りかかって偶然見ちゃう方ね。
「それはそれとして、さっきの子は一体どこからやってきたんだ」
もしかして俺が思っている以上に街とやらは近くにあるのだろうか。
だとすると今日みたいに全裸で外をうろつくのは今後ひかえねばなるまい。
一時の開放感を求めたせいで牢屋の中で長い閉塞感を味わうのは勘弁願いたい。
そんな事を考えていると突然、
「嫌あああああああああああっ、来ないでぇぇぇぇっ!」
どかーーーーん!
突然森の方から女の子の悲鳴と同時に爆発音が響く。
「な、なんだなんだ!?」
先程の叫び声は多分俺の裸を見て悲鳴を上げていた娘に違いない。
あの時のショックで思わず危険な森の中に走り込んでしまって、そこで何かに襲われてる?
だとすると間接的に加害者は俺という事になるんじゃ……。
「俺が全裸だったばっかりに死人出したなんて洒落にならんっ」
俺は急いで小屋から武器になりそうなものを探し出して森の中へ、悲鳴の聞こえた方へ駆け出した。
「無事でいてくれよ!」
その願いだけを胸に。