MDウォークマンを通じてイヤホンから心地よいクラシック音楽が流れている。
ハイ・エンドはオフィス街にある高層ビルの屋上にいた。鼻歌まじりの上機嫌で屋上から見える景色を眺めている。
「ずいぶん、楽しそうね」
背後に灰色のスーツを纏った長身の美しい女性がニッコリ笑って現れた。
ハイ・エンドはイヤホンを耳から外して振り返った。
「誰だ? あんた……」
女性はクスクスと笑い、バッグから眼鏡を取り出してかけて見せた。
「私よ。江崎」
ハイ・エンドはしばらくボーッと江崎の顔を眺めた後に、目を何度か擦ってやっと合点した様子だった。
「あ、あんた、本当に江崎博士かよ。見違えたぜ……」
「やあね」
「マジでビビッたぜ。あんた、眼鏡やめたらどうだ? そっちの方がイケてるぜ。大体、スタイルもいいから素材は揃ってんだ」
ハイ・エンドはそう言いながらも未だに信じられないといった感じで話していた。
「フフフッ、ありがと。君にお世辞を言ってもらえるなんて思わってもいなかったわ」
「ヘッ、その口さえなきゃいい女だぜ」
「悪かったわね。それより、その目、どうしたの?」
ハイ・エンドは舌打ちをして眼帯をつけている右目を手で押さえた。
「これか……この前、保護システムとやりあった時にな」
「保護システムと戦ったの? 右目だけですんでよかったわ」
「ふざけんなよ。保護システムごときにやられてたまるか!」
「威勢のいいこと……」
「んなことより、なんか用かよ?」
「ええ。現時会のお使いと言ったとこね」
江崎はそう言って肩をすくめた。
「くだらねぇ。いつまでそんなことやってんだ? オウラのジジイの遊びに付き合ってる暇があったら新しい武器でも作るんだな」
「まあ、そう言わないで。それでどう? SSSの方は」
ハイ・エンドは赤の剣を取り出し、クルクルと回してみせた。
「ヘヘヘッ、こいつはマジでスゲーぜ。今、第三段階まで解除できるようになったよ。PXだろうが、蝉だろうがぶっ飛ばしてやるよ!」
拳を作りガッツポーズをとってみせる。
「そう、期待しているわ」
絶好調のハイ・エンドを前にして江崎の顔つきはなぜか、不安そうだった。
「なあ。あんた、本当にそんなことで俺に会いに来たのかよ?」
ハイ・エンドは訝しげに彼女の顔を見つめた。
「いいえ、本当のことを言うと違うわ。……君のことが心配なのよ」
「心配? ふざけろ」
ハイ・エンドは吐き捨てるように言った。
風が屋上に舞い降りる。江崎の長い髪をなびかせ、彼女は砂ぼこりを防ぐために目を細めた。
「強い風ね……風は時に戦の勝敗を決めると言うわ。君にも勝利の風が吹くといいわね」
江崎は腕を組み、風をしばしの間、楽しんだ。
「ああ」
ハイ・エンドの体に異変が起きていた。心臓を打つ音がせわしく聞こえる。
冬の冷たい風を楽しむ彼女はとても美しく感じた。
それは戦いの中でしか、生を見出せない俺を母親のように癒してくれる。激励してくれる。
ハイ・エンドがボーッと江崎を見つめていると風が止み、彼女の戯れの時間は終わった。
「そう言えば、君。さっき、なにを聞いていたの?」
江崎はハイ・エンドの首から垂れ下がっているイヤホンを指差した。
ハイ・エンドは不意をつかれたように慌てふためいた。
「あ、ああ。こ、これか? 『威風堂々』だよ」
「へえ、意外ね。クラシックとか聞くんだ。私も好きよ。特にシューベルト」
「マジかよ。いい趣味してんじゃん」
「フフッ、ねえ、訊いていいかしら?」
「なんだよ?」
「君、オウラ会長に今回の任務が終わったら、マザーを離れると言ったそうだけど、どこに行く気なの?」
ハイ・エンドは照れくさそうに頭を掻いて答えた。
「スイスだよ」
「スイス?」
「スイスには妖精がいるってよく聞くんだ。だから、行って確かめてみたいんだ」
FXシリーズの中でも残忍で悪名高い彼が少女のような夢をもっているとは思いもしなかった江崎は笑いが止まらなかった。
「フフフッ、ロマンチストね。君の意外な一面を知ったわ」
「わ、笑うなよ」
「ごめんなさい。で、妖精に会えたらどうするの?」
「う~ん……わかんねぇ。ただ、会ってみたいんだ。それで何が変わるってんじゃねぇけど、とにかく会いたいんだ」
語るハイ・エンドの目はおやつを前にした子供のようにキラキラと輝いている。
「そう、会えるといいわね」
「きっと、会えるさ」