追放冒険者の魔剣無双~ボロボロの剣は最強の魔剣でした~

 たまたま遭遇したフライゴブリンに【闇滅】を使おうとしたけれど、上手く発動してくれなかった。
 まあこれは、【闇滅】をもっと使いこなせれば変わってくるかもしれないけれどね。

 ──という感じで、【闇滅】はあくまで雑魚専として使ったり、相手が持っている武器を消滅させるには好都合の魔物スキルだった。
『うむ。その剣を随分使いこなせるようになったようじゃな。板についてきたぞ』
 僕の右肩に乗るベルは、自分のことのように誇らしげであった。
「ありがとう」
『やはり魔剣の所有者──と、このことはあまり言わない方がよかったのじゃったな? すまぬすまぬ』
 慌ててベルが謝る。
「んー! なんかフィルさんとベルちゃん、たまにふたりで秘密の話をしてますよね? わたしにも教えてください!」
「ははは、またね」
 適当に誤魔化すと、シンディーはほっぺを膨らませた。
 彼女と行動を共にしていれば、いつかは魔剣のこともバレてしまうものかもしれない。
 しかしこの魔剣は僕もベルも全貌がはっきりとしない。
 もしかしたら魔剣をきっかけにトラブルが起き、シンディーを巻き込んでしまう事態も有り得た。
 ならばシンディーにはまだ知らせない方が、彼女にとっても良いだろう。
「じゃあそろそろ街に戻ろうか」
「はい!」
『うむ』

 ──あれから邪念には一度も囚われていない。

 僕があれから、力を渇望するような強敵に出会っていないためだろう。
 しかし安心は出来ない。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものだからだ。
 僕はそのことを再度思いつつ、ミースネの森を後にするのであった。


 ミースネに着くと、いつもより出店が多く立ち並んでいる光景が目に入った。
 それが原因なのか、街全体が活気付いているような気がする。
「朝から思ってたけど……なんか、いつもとちょっと雰囲気が違うね。もしかして、今日ってお祭りでもあるのかな?」
 ギルドに続く道を歩きながら、僕はシンディーにそう話しかけた。
 シンディーは少し興奮気味にこう答えた。
「はい、お祭りですね。これも今日、聖騎士さんがこの街に来てくれるおかげです! 街を挙げて、聖騎士さんを歓迎しよう! っていうお祭りです!」
「あっ、無事に来てくれることになったんだね」
 先日──僕たちがベルフォット教の信者、そして邪竜によって殺されかけたのは記憶に新しい。
 あれから、冒険者ギルドが聖騎士の要請をしていたみたいだが──ようやく来てくれることになったみたいだった。
「でもそんなに歓迎する必要ってあるのかな? いや、来てくれることは嬉しいけれど、わざわざお祭りまで開くほどかなーって」
「まあそれはわたしも思いますけれど……ミースネは王都に比べたら、まだまだ田舎ですしね。ちょっとした有名人が街に来ても、それで活気付くといいますか……」
「もしかして、聖騎士が来ることを口実に騒ぎたいだけ?」
「そうとも言えます」
 なんだそりゃ。
 だけどお祭りは好きだ。
 人々の楽しそうな顔を見ていると、僕の方まで嬉しくなってくる。
『おぉ、フィルよ。妾はあのからあげ串?とやらを食べてみたいぞ。あの供物を早く妾に渡すのだ』
 ベルの視線の先に顔を向けると、店員らしき人が呼び込みをしていた。
「そうだね……丁度お昼時だし、ギルドに行く前に腹ごしらえでもしようか」
「ですね!」
 どうせなら僕もお祭りを楽しみたいしね。
 僕たちは屋台の人にお金を払い、からあげ串を人数分購入した。
「う〜ん! とってもジューシーで美味しいです! やっぱりこれが祭りの醍醐味ですよね!」
『旨い! フランクフルトといい、どうして人間が作るものはこうも旨いのだ! これでは食べすぎて太ってしまうぞ!』
 シンディーとベルはからあげ串にご満悦のようであった。
 僕もからあげ串を食べてみる。
 噛み締めると、すぐに衣の中から肉汁が飛び出してきた。良い匂いが鼻まで上ってくる。
 お腹にガツンとくる食べ応え。
 片手でも食べられる手軽さ。
 それら全てが僕の食欲を刺激し、あっという間に完食するまでに至ったのだ。
「美味しかったあ。それにしてもベル、君は油物は大丈夫なのかな? 猫ってあんまりそういうの、食べない方がいいんじゃ?」
『そなたも人が悪いな! 分かってて聞いておるだろ! 妾はただの猫ではない! これくらいで妾の胃袋は悲鳴をあげん!』
 僕とベルのやり取りを、シンディーがクスクスと笑っていた。
「じゃあそろそろギルドに……」
『お、フィルよ。あの店はなんじゃ? 摩訶不思議なものを売っているようじゃが……』
 僕はギルドの方角に足を向けるが、ベルはまだ他の屋台に目移りしていた。
「あれは……ペット用のおやつが売っている屋台だね」
「そんな屋台も出てるんですね〜。ペットと一緒にお祭りに来る人も多いんでしょうね」
『むぅ、ペットか。なら妾には関係ない──』
「まあせっかくだから、買ってみようか」
『ちょっと待て!? そなた、妾をペットだと思っておらぬな?』
 ベルが非難の声をあげるが、僕はそれを無視して屋台に向かう。
 僕は数あるペット用のおやつからひとつだけ選び、それをベルの口に近付けた。
「はい。チューブ型のおやつみたいだよ。まぐろ味で美味しくなってるみたい。どうぞ召し上がれ」
『こんな子供騙しを妾が喜ぶわけがないじゃろう。そなたは妾をバカにしすぎ──』
 不満そうなベルではあったが、一度(ひとたび)チューブに口を付けると……、
『く、悔しいが──旨い! 旨味がこの一本に凝縮されておる! まぐろというのがどんな魚かは知らぬが、海の味がしよる! これはどういう仕組みで作られておるのだ!』
 と夢中になって、まぐろ味のチューブを貪っていた。
 その勢いがすごすぎて、海の味ってなんのことってツッコミも忘れてしまうほどだった。
「可愛いですね〜。やっぱりベルちゃんは人間が食べるものより、ペット用に作られたものの方が好きなんでしょうか?」
「うーん、どうだろう?」
 ベルはなんでも美味しく食べてそうなんだよな。バカ舌というか、幸せな性格というか……。
 でも──こうしていると、ベルが魔神だなんて本当に信じられない。
 先日に見た大人版ベルも夢だったんじゃないかって思えてくる。
 そのアンバランスさがちょっとおかしくて、僕はいつの間にか物思いにふけていた。
『ふう、これも美味であった。待たせたな。さっさとギルドに向かうか……ってどうしたのじゃ、フィル? 妾の顔をずっと見つめおって』
「な、なんでもないよ。じゃあそろそろ今度こそギルドに行こっか。ベルもお腹いっぱいになったでしょ?」
『むぅ……変なヤツじゃのお。まあ妾はいいが』


「僕に会いたい人がいる?」
 ギルドに到着すると、僕たちは真っ先に受付嬢さんに呼び止められた。
「はい。今日、聖騎士の方々が街に来られるのは知っていますよね?」
「も、もちろんです」
 まあシンディーに教えてもらったんだけれど……なんだか「こいつ、そんなことも知らないのか」と思われそうだったので、彼女の言葉に頷く。
「それで……先方さんから、フィルさんに直接お話を伺いたいと頼まれています。ご協力いただけますか?」
「はい、問題ありません。話っていうと……やっぱり先日の一件のことですよね?」
「はい。シンディーさんも邪竜を目撃しましたから……フィルさんと同席してもらっていいですか?」
「分かりました!」
 とシンディーも元気よく答えた。
 なにを聞かれるのかちょっと怖いけれど……とんずらするわけにもいかない。そんなことをすれば、余計に目を付けられるだろうからね。
 うっかり魔剣のことを口から零さないようにしないと。
「ベルも聖騎士さんと一緒にいる時は喋らないでよ。変に勘ぐられるかもしれないから」
『無論だ』
 そう声量を抑えて言うと、ベルも承諾してくれた。
 ベルが魔神だって分かったら、僕まで邪教信者扱いにされかねないからね。
「では、ギルドの応接間でお待ちください。聖騎士の方が来られれば、そちらに行ってもらうようにします」
 受付嬢さんの言ったことに、僕は首を縦に振るのであった。