「まあそういうわけで、そなたのように男に関心がない姫がよいのだ」

 それはちょっと違う。私だって別に男全般に関心がないわけじゃないし、いい人がいれば結婚だってしたい。

 とはいえ、事情はわかった。
「要するに、あなた様に色目を使わない女房が必要なのですね」

「ああそうだ」

 ふむ。悪い話ではない。
 十七にもなったし、そろそろ宮中の女官のくちでも誰かに紹介してもらおうかと思っていたところである。

 ただ、女官になるには十二単や流行りの扇など用意せねばならない。それには先立つ物が必要で二の足を踏んでいたけれど、用意してくれるなら願ったり叶ったりだ。

「これもなにかの縁だ。そなたがよければ叔母君にも私からお願いしてみよう。泥のお詫びもせねばならぬしな」

 ほぅ、どうやら頭中将は気遣いもできる人らしい。
 こんな泥だらけの女を躊躇なく牛車に入れるくらいだ。人柄はそう悪くもないのかもしれない。

「ありがとうございます。叔母がいいと言えばお話お受けしたいと思います」

 にんまりと満足そうに微笑む彼を見て、ふと思い出した。

『この京で一番美しい男は、朝霧の君である』
 そう言っていたのは誰だったか。

 白々と明けゆく朝、雲海のごとく美しく広がる霧を思わせる麗しの君が一条の藤の屋敷にいる。朝霧という名の公達が。

「えっと、あの、あなた様のお邸は一条の藤と言われているお屋敷ですか?」

「うむ。そうとも言われているね。藤がたくさん植えてあるから」

 ああそうか。
 朝霧の君とは、この人だ。