末吉には別の屋敷で働く息子がいたのだが、今は家族を連れてここで働いてもらっている。

「梅女もそろそろいいんじゃない?」
「わ、私はまだ」

 梅女が頬を染める。

「そんな事言ってないで結婚してあげたらいいのに。彦丸が寂しそうよ?」

 今回の騒動で急接近した梅女と彦丸は恋仲なのだ。

 梅女の父は受領であったから身分的にも問題ない。私が力がなかったばっかりに幸せを掴めなかっただけで、容姿も美しいから彦丸が夢中になるのも当然なのだ。

「私よりも姫さまの幸せが先ですよ」

「ふふ、大丈夫よ、私は幸せだもの」

 言ったそばから恥ずかしくなって扇で顔を隠した。


 朝霧さまの訪問があったのは、高灯台に灯をともして間もなくだった。

「今夜は驚くほど美しい月夜ですね」
「ああ」

 返事はするくせに、朝霧さまの顔は私を向いている。

「もう、全然見ていないじゃありませんか」
「いや、見ているぞ。そなたの瞳の中の月を」

「ふふ」
「なぁ、希々よ。いつになったらよい返事をくれるのだ?」

「ですから、女房ならよいですよ?」

 朝霧さまは笑いながら、私を抱き寄せる。

「私が欲しいのは女房ではなく、希々という妻だ」

「またそんな、京で一番名高い御方の妻なんて、私に務まりませんよ」

 月を見上げると、ふいに抱き寄せられた。

「ともに寝て、朝起こしてくれるだけでいい」

「朝霧さま……」

「なぁ、希々よ。頼む」

 朝霧さまの顔が月を隠す。

 そっと重ねられた唇が、ふと離れ「希々」と囁く。

「妻は私だけですか?」

「ああもちろんだ。希々しかいらぬ、希々がいればもうそれでいいのだ」


-了-