「お借りしていた冊子、ありがとうございました。それとこれは皆さんに」
「おお、これはまた見事な紐じゃな」

 裁縫で生活していた癖が抜けきらず、暇を見つけてはこつこつと作り貯めていたのだ。こんなふうに役に立つとは思わなかったけれど、せめてものお礼ができて良かった。

 名残惜しさを振り切って、早々に腰を上げた。
 今日中に旅の準備をして明日の夜明けとともに出掛けなければいけない。

「では」
「もう行くのか」

「はい。準備があるので」
「そうか。希々、すまぬが帰りがけに、これを清涼殿に届けてくれぬか」

 一瞬どきりとした。

 普段なら清涼殿には朝霧さまがいるかもしれない時間だ。
 かと言って、断るわけにもいかない。

「はい。わかりました」

 もし会ってしまったときは、忘れ物を取りに来たとでも言おうか。
 急ぎ足であれこれ考えながら清涼殿に行き、無事に届け物を渡した後だった。

「希々?」

 後ろから声がした。

 気のせい気のせいと自分に言い聞かせながら、さらに足を急がせる。

「希々ー、待って」

 今度は女性の声で、振り返ると女官が呼びながら裾を翻して走ってくる。

 あー、ど、どうしよう。

 さすがに無視はできず立ち止まった。

「辞めちゃうんですって?」
「あ、ええ……」

「これ、希々にあげるわ。好きだったでしょう、この冊子」
「いいんですか?」