「まさか」

 家司さまは考えている通りだとばかりにうなずく。

「とりあえず嵯峨野に向かうといい。親しい住職に使いを出してあるから」

 がっくりと肩を落としていると、後ろから梅女が「ですが」と声をあげた。
「姫さまは真面目にお仕えしているだけですのに」

「わかっておる。希々が悪いわけではない。仕方がないのだ」

 さらになにか言いかけた梅女の肩に手をかけた。
「いいのよ梅女。仕方がないわ。誰が悪いわけでもないのよ」

 ただ、行くにしても今日というわけにはいかない。それだけは。
「家司さま、準備を整える間数日だけ待っていただけますか? 朝霧さまには秘密にしますから」

「ああ、わかったよ」

 そして、次の日。
 ちょうど髪を洗う予定の日だった。朝霧さまにも伝えてある。
 女の長い髪は完全に乾くのに数日かかるので、前もって洗う日は決めておくのだ。

 でも私は予定を変更して密かに宮中に向かった。

 雷鳴壺は朝霧さまと直接繋がりがないから、いなくなると話をしても大丈夫なはず。

 どうしても挨拶だけはしたかった。
 女五宮さまにも女官の方々にも、とてもよくしてもらったから、せめて。

 さっそく女官をつかまえた。
「少し用事ができて、しばらく来られなくなったのです。今日はご挨拶に」

「そうなのか? それは残念じゃ」