結局待ちきれずに迎えに向かった。
 雷鳴壺に近づくとなにやら楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 (ひさし)に座る数人の女官の姿が見えたが、ひとめで希々を見つけた。
 後ろ姿であっても、明るい若葉色の唐衣を流れる黒く艶やかな髪は目立っていた。

「あ、朝霧さま」
 振り向いた希々は、なにやら頬を赤く染めている。

「なにをしていたのだ」
「はい。裳ができたので皆様に見てもらっていたのでございます」

 広げてあるのは、十二単のうち腰に付ける裳である。

「ほぉ」

 満開の桜が花びらを散らし、蝶が舞う。背景は伸びやかな曲水。
 おおらかで実に美しい絵だった。

「これは布を貼っているのか」
 希々が恥ずかしそうに「はい」とうなずく。

 これをひとりで仕上げたのか?
 いつの間に。


 儀礼的な挨拶を済ませて雷鳴壺を後にした。

 希々の評判は上がるばかりだ。
 女だけならよいが。

「どうかなさいましたか?」
「別にどうもしない」
 ただ無性に、不愉快の虫が胸の中で騒ぐだけ。

「朝霧さまにも、衣をお作りしましょうか?」

 振り向くと、希々はにっこりと目を細めた。

「邸で過ごすようの涼しげな単がいいな」
「はい。わかりました」

 希々……。
 胸の奥が苦しくなる。
 その笑顔は毒だな。ちょっとやそっとじゃない、猛毒だ。

 いつからだろう、この毒にやられたのは……。

「そろそろ宮中勤めはお終いにするか。女官も戻り始めたし」
 こんなことを言う自分が嫌になる。