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 時を告げる鐘の音が、いつもより遅くはないか?

「朝霧、なにをそんなに気にいているのだ」
「そろそろ迎えに行こうかと」

「送り迎えも大変だな」と東宮が笑う。

「ここも物騒だからな」
 色んな意味で。

 先日、後宮に夜盗が侵入するという事件があった。

 果敢にも大声を張り上げて、衣を奪われそうな女官を助けたのは、他らなぬ希々で、懐から灰袋を取り出して投げたのだ。

 騒ぎを聞きつけ駆けつけ、夜盗はその場で捕らえたが、そのとき希々が顔を晒したのがいけなかった。

 武官どもが、やれかわいい、かわいいと囃し立て、希々はすっかり人気者になったのである。

 以来、灰かぶり姫などとあだ名をつけられたが悪口ではない。
 灰を被ってもなお美しいという賛辞だ。

「結婚相手を捜していると聞いたぞ」
 東宮はちらりと意味ありげな視線をよこす。
「雷鳴壺の女官が希々本人から聞いたそうだ」

 人がせっかく防いでいるのに。希々め。余計なことを。

「どうだ相手は見つかりそうか?」
「とんでもない。まだまだ子どもなのだ、結婚など十年早いわ」

「十七であればちょうどよいではないか」
「いや、そういう問題ではない」