末吉にも長生きしてもらって、梅女がいて。
 優しい夫とかわいい子ども。平和で穏やかで想像しただけで頬が上がってくる。

「あらまあ、欲がないのね」

「でも小筑さま、浮気をしない方を見つけるのは難しいと聞きましたよ?」

 小筑さまは、はっとしたようには目を丸くする。
「確かにその通りだわ」

 どうやら小筑さまの恋人も疑わしいようで「そういえば、あの匂いは怪しいわ」などとぶつぶつ言いながら行ってしまった。

 男はどうしてひとりでは満足できないのか。

 私の父も必ず迎えにくると言っておきながら、結局は来なかった。父にも母の他に通う女性がいたんだろう。
 そんなことを思いながら、朝霧さまの寝殿まで来た。

「朝霧さま、おはようございます。お手水鉢をお持ちしました」
 しーんと静まり返った帳台(ちょうだい)の中からはなんの返事もない。

 またかとため息が出る。
 朝霧さまは、冗談みたいに寝起きが悪い。

 しかも寝ぼけっぷりが狂暴なので誰も起こしたがらず、新人の務めとばかりに私が申し付けられている。

「おはようございまーす。朝霧さまー」

 まったくもう。
 一度や二度の呼びかけで起きた試しがない。

 仕方がないので、(とばり)をまくって中に入る。

 気持ちよさそうに薄っすらと口を開けたまま、朝霧さまは夢の中、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。