「ええ、そうですね」

 どこかに押し込まれていなければいいが。
 まずはそのまま、希々がいるはずの下屋に向かった。

 だが下屋はふたつあって、どちらにいるのかわからない。床が高いわけでもないので潜り込むわけにもいかず壁に立ち、耳をそばだてた。

「姫さま逃げましょう。ここにいてはいけません。絶対になにか企んでいるに違いないです」
「でも、行く宛てなんてないし。それに大丈夫よ。どんな人か知らないけれど、いい人かもしれないわ」

 よかった。希々の声である。
 ほっと胸をなで下ろし、彦丸とうなずきあう。

「いい人なわけありゃしません。あの女が持ってくる話なぞ」と答える下人の声を聞いて入り口に向かい、そっと扉を叩いた。

「希々、迎えに来たぞ。頭中将朝霧だ」

 ぴたりと話し声が止まる。

「女房の誘いに来たぞ」

 わずかに扉が開き、そっと顔を覗かせた年老いた男は、声が聞こえた下男だろう。

「あ、頭中将」
 ひょっこりと顔を出した希々が、覆面を取った我が顔を見て、にっこりと笑った。