「ふふ。そうよね。結婚したとなれば頭中将だって、なにも言えないわ」
「毛野少将は、なんと言っていた?」

 年嵩の侍女の声が「それが」と答え始める。
「待ちきれないと。首尾よくことが運べば、金の菩薩像を成婚の祝いにくださるそうでございます」

「なんと、さすが毛野少将じゃ」

 ぞっとした。
 毛野少将というやつは、金に困った若い女を家に連れ込んでは虐待するという黒い噂が絶えない男だ。
 親が遺した財産を食いつぶすごろつきで、金だけはある。金の菩薩像を渡す話も嘘ではないだろう。

「ねえ母君、頭中将からいただいたこの衣、本当に希々に渡さなくていいの?」
「今まで面倒みてやったんだ。礼にもらっておけばいい」

「そうでございますよ。路頭に迷うところを奥方さまに助けていただいて、裳着までして差し上げたんですもの。当然ですよ」
「そうよね」

「それにしても、残念であった。酒さえ飲んでくれれば眠らせ、お前と床を共にさせたのに。そうなればお前は頭中将の妻じゃ」
「次こそ必ず、首尾よく」

 そこまで聞いて、床下から出た。
 もうたくさんだ。


「ったく、なんだあれは」
「とんでもない女でしたね」

 それにしても。
「希々が危ないな」

「ええ。まさか今夜ではないでしょうが、一刻を争いますね。どうしましょう?」
「捜して連れていく。とてもここには置いてはおけぬ」
 三条には母が遺した小さな邸がある。隠れ家にはちょうどいい。