「きゃ」
 すれ違いざまに、牛車の車輪から泥が跳ねた。

 市女笠の垂れ布と衣にべったりと付いた泥を見て愕然とする。

「ああ、姫さままで」
 隣の梅女を見れば、私以上に泥水を被っている。背中に背負った荷物が無事なのが幸いだけれど、ふたりとも一張羅を着てきたのに。

 キッと牛車を睨んだが、牛飼いは素知らぬ素振りで通り過ぎようとする。

「ちょっと待ちなさいよ」と、すかさず前に躍り出た。

「ひ、姫君」
 梅女は止めようとするが黙ってはいられない。
「見逃せないわ。ちゃんと謝ってもらわなきゃ」

 牛飼いは少しも悪いと思っていないようだ。
「ボーッと歩いている方が悪いんだ。水たまりがあるのくらいわかっただろう」

 もうひとりの牛飼いがバカにしたように笑う。
「ははっ。大丈夫だ。泥がよく似合っているさ」

「なんですって!」
 いつの間にか人だかりができていて「負けるな、ねえちゃん」と声援が飛んできた。

「お詫びもできないなんて、どこの貴族よ」
 お忍びなのか、牛車には家柄を示す紋がない。

 そのまま行く手を塞いでいると、後ろから馬で付いてきていた従者が降りてきた。
「謝ってください」
 従者はどうしたものかと悩んだらしい。
 腕を組み、大きくため息をつく。

 すると、「彦丸」と声がした。

「なにがあった」

 牛車の物見窓が開いて、中の人の目もとが見えた。