彦丸は、帰ってくるなり「思った通りでしたよ!」と息巻いた。
 いったいなにがあったのか、眉間に皺を寄せて憤っている。

「希々姫は使用人たちと下屋に追いやられているそうです」
「下屋?」

「はい。予想通り姫には会わせてもらえませんでしたが――」
 誘われるまま邸に上がり込み、なにも口にせぬまま、のらりくらりと話をしたらしい。

 今回の彦丸の目的は時間稼ぎだった。
 話しこんでいる間に、牛飼いを偵察に送り込んだのである。

「希々姫は梅女という侍女と下屋で裁縫をしているそうです」

 末吉という足の悪い下男に聞いたという。

「他の下屋にいる屈強そうな男に阻まれて、あまり話はできなかったそうですが」

「では、叔母に邸を乗っ取られたのか?」

 母亡き後、娘の希々ではなく、叔母が荘園を引き継ぐというのもおかしな話だと思ったが、やはり。

「そのようですね。希々姫の部屋を取り上げ、自分の侍女、あの年嵩の女をそこに住まわせているようで」

 なんと。
「許せんな」

 せっかく貴重な人材を見つけたというのに。その子がそのようなめにあっているとは。

「調べは続けてくれ。それとは別に――」
 どれ、ちょっと様子を見るか。

「朝霧さま、まさか」
「あばら家だ、造作もない」


 その日の宵。
 渋い顔をする彦丸を尻目に、黒装束を着た。