左右に首を振る彦丸の目が、飲むなと訴えている。

 言わんとする意味に気づき「ごほごほ」と咳き込んだ。
「そうだな、すまぬ。喉の様子が芳しくないので、酒は遠慮しておこう」

 杯を置き、年嵩の侍女に目を向ければ、侍女ははっとしたように目もとをひきつらせる。

「あ、そうでございますか。ではすぐ茶を」

「いや、それには及ばぬ」と、席を立った。
「皆に移しては申し訳ない。やはり出直そう」


「是非ともまたいらしてくださいませ」
「ああ、希々姫によろしく」

 侍女に見送られ門を出ながら振り返ったが、最後まで希々の姿は見えなかった。

 静まり返った庭には人けがない。
 やはりおかしい。この邸はなにかが変だ。


「どうなってるんだ」
「あの侍女の目、気づかれましたか? 朝霧さまが杯を取るのを食い入るように見ていましたぞ」

「ああ、油断した。あれはなにかあるな」

 普段から信用おける者の邸でしか飲み食いはしないが、希々の邸だからとつい気を許してしまった。
 彦丸に言われなければ、飲んでいただろう。

 先に訪れたときには飲み食いしている。あのときはなにもなかったが。

「少し調べてみましょう」
「ああ頼む。徹底的に調べてくれ」


 次の日、今度は彦丸がひとりで五条へ行った。
 渡し忘れたという口実で、希々への衣など持ち、数人の供を連れて出かけたのである。