「しかし、一体どうやって」
「それをこれから考えるのです!」
ふんす、と鼻息も荒く沙映が言う。気合い充分といった様子の彼女に対し、明隆は少々タジタジだ。
「――というわけで、私にとっては夢の中でまみえる存在なのです」
「でも、私には声が聞こえました。ということは」
「ええ、実際、私の寝所に直に現れているのだと思います」
ここまでは、明隆も予測していたとおりの結論だ。実際に沙映が声を聞いたことが、その予測が事実であると判断する材料となる。
「せめて、寝ているときではなく、起きているときに現れるのならば、やりようもあるのだが……」
「起きている間に……?」
そう、起きている間に現れるのであれば、調伏のしようもある。明隆とて、これまでの期間を無為に過ごしていたわけではない。陰陽師として研鑽を積み、陰陽少将にまでなったのだ。
起きている間に現れるのでさえあれば、勝算はある――そう、明隆は考えていた。
「ならば、その……こういうのは、いかがでしょうか」
頬を桜色に染めた沙映が、そっと明隆の耳に唇を寄せる。ふわりと翻った小袿から焚き染められた香の匂いが漂って、明隆の心臓がどきりと跳ねた。
そして、彼女の口から語られた作戦の内容は、思いも寄らぬものだった。
「とっ……共寝を、その……すれば、もしかしたら、と思うのです」
「いや、しかし、それであれば婚儀の日に現れてもおかしくなかったのでは」
そう反論しながらも、明隆の胸の内には「そうか」と納得するものもあった。確かに、あの日はまだ二人顔を合わせたばかり。
通常ならば交わすべき文もなく、人柄も知らぬままであったのだ。
それが今では、お互いを知り――互いを好ましく想っている。そのことが、怨霊の出現を促す引き金になっているのだろう。
「わかりました」
明隆は、沙映の手を取るとその瞳をまっすぐに見つめて頷いた。
「ですが――」
一つだけ沙映に約束をさせ、明隆は少しだけ切なげに微笑んだ。
決行は、三日後の夜と決めた。これは、明隆が卜って最も成功しそうな日を選んだのだ。
そのための準備も抜かりなく、さらに翌日からは明隆は精進潔斎して場に挑むことにする。
壱は、明隆の気合の入れように驚いて目を丸くしたが、藍はさもありなんとばかりに頷いた。
ところで、この二人――と、じっと沙映は並んで座るその姿を見つめる。
(どこからどうみても、普通の「ひと」に見えるわ……)
だが、明隆に教えられたところに寄れば、この二人は式神なのだという。ただ、普段から人の姿をとって自由に歩き回れるほどに格が高く、古くから安倍家に仕えているのだそうだ。
「この二人を傍につけておきますから、何かおかしなことがあったらすぐに言ってください」
精進潔斎の間は、誰にも会わずに過ごさねばならない。沙映に何事もないように、と気を配ってくれる明隆の気持ちがうれしくて、自然と頬が緩む。
にこにこと笑っている沙映に、壱と藍は顔を見合わせて苦笑した。
そして、日は巡り。いよいよその日がやってきた。
長袴に単衣を纏っただけの沙映と、雲丸文様の白い狩衣姿の明隆が、御帳台の中で膝をつき合わせて座っている。お互いに、緊張した面持ちだが、果たして何に緊張しているのか。高燈台の火が揺れて、二人の顔にかかる影が揺らめいた。
「で、では、その……はじめても……?」
「は、はい」
ごくり、と喉を鳴らした明隆の手が、沙映の単衣に伸びる。あらかじめ聞いていたから良いようなものの、実際にやってみると、卒倒しそうなほどに恥ずかしい。ぎゅっと目を閉じると、ふっと明隆が笑う気配がした。
「緊張してますね」
「そっ、それは……その、そうで、しょう?」
そっと肩を抱き寄せられて、沙映はぎくりと身体をこわばらせた。再び明隆が笑う気配がするのが悔しい。
「は、はじめて……なので……」
緊張しても仕方がないでしょう、という意味を込めてそう呟くと、ごほっと明隆がむせる声がした。
「っあー……私、我慢できるかなぁ……」
「え?」
片手で目元を覆った明隆の言葉に、沙映は目を瞬かせる。だが、明隆は「いや」と呟くと再び沙映の肩を抱き、耳元に口を寄せた。
「あー、なにせ……愛おしい相手とこうして過ごすのは、初めてですから」
「っ……!」
思わぬ言葉に、一気に顔が赤くなる。その顔を隠したくて、明隆の胸元に顔を寄せたとき、また高燈台の火がゆらりと揺れた。
「……明隆さま」
「しっ」
ぞわり、と総毛立つような気配が漂い、ゆらりゆらりと火が揺れる。肩に置かれた明隆の手に力がこもり、強く抱き寄せられた。
本当なら、きゅんとときめきたいところなのだが、生憎と周囲の空気がそうさせてくれない。
ごくりとつばを飲み込んだそのとき、上の方からかすれた声が聞こえた。
『……してぇ……ど……て……』
それは、嘆いているようにも、怒っているようにも――すすり泣いているようにも聞こえる声だ。はっとして明隆の顔を見上げれば、彼は天井付近を睨みあげている。
ごう、とひときわ強く生ぬるい風が吹いて、また沙映の肌に鳥肌が立った。
低く、明隆がなにやら唱えている声が聞こえる。そうして、まだ怨霊が何かを言う声も。
ざらり、と目の前に黒髪が揺れる。唐衣の姫君が、髪を振り乱して――。
『どうし……わた……あい……ああ、あい……てたのに……』
その声に、いや、その内容に、沙映ははっと息を呑んだ。
「それをこれから考えるのです!」
ふんす、と鼻息も荒く沙映が言う。気合い充分といった様子の彼女に対し、明隆は少々タジタジだ。
「――というわけで、私にとっては夢の中でまみえる存在なのです」
「でも、私には声が聞こえました。ということは」
「ええ、実際、私の寝所に直に現れているのだと思います」
ここまでは、明隆も予測していたとおりの結論だ。実際に沙映が声を聞いたことが、その予測が事実であると判断する材料となる。
「せめて、寝ているときではなく、起きているときに現れるのならば、やりようもあるのだが……」
「起きている間に……?」
そう、起きている間に現れるのであれば、調伏のしようもある。明隆とて、これまでの期間を無為に過ごしていたわけではない。陰陽師として研鑽を積み、陰陽少将にまでなったのだ。
起きている間に現れるのでさえあれば、勝算はある――そう、明隆は考えていた。
「ならば、その……こういうのは、いかがでしょうか」
頬を桜色に染めた沙映が、そっと明隆の耳に唇を寄せる。ふわりと翻った小袿から焚き染められた香の匂いが漂って、明隆の心臓がどきりと跳ねた。
そして、彼女の口から語られた作戦の内容は、思いも寄らぬものだった。
「とっ……共寝を、その……すれば、もしかしたら、と思うのです」
「いや、しかし、それであれば婚儀の日に現れてもおかしくなかったのでは」
そう反論しながらも、明隆の胸の内には「そうか」と納得するものもあった。確かに、あの日はまだ二人顔を合わせたばかり。
通常ならば交わすべき文もなく、人柄も知らぬままであったのだ。
それが今では、お互いを知り――互いを好ましく想っている。そのことが、怨霊の出現を促す引き金になっているのだろう。
「わかりました」
明隆は、沙映の手を取るとその瞳をまっすぐに見つめて頷いた。
「ですが――」
一つだけ沙映に約束をさせ、明隆は少しだけ切なげに微笑んだ。
決行は、三日後の夜と決めた。これは、明隆が卜って最も成功しそうな日を選んだのだ。
そのための準備も抜かりなく、さらに翌日からは明隆は精進潔斎して場に挑むことにする。
壱は、明隆の気合の入れように驚いて目を丸くしたが、藍はさもありなんとばかりに頷いた。
ところで、この二人――と、じっと沙映は並んで座るその姿を見つめる。
(どこからどうみても、普通の「ひと」に見えるわ……)
だが、明隆に教えられたところに寄れば、この二人は式神なのだという。ただ、普段から人の姿をとって自由に歩き回れるほどに格が高く、古くから安倍家に仕えているのだそうだ。
「この二人を傍につけておきますから、何かおかしなことがあったらすぐに言ってください」
精進潔斎の間は、誰にも会わずに過ごさねばならない。沙映に何事もないように、と気を配ってくれる明隆の気持ちがうれしくて、自然と頬が緩む。
にこにこと笑っている沙映に、壱と藍は顔を見合わせて苦笑した。
そして、日は巡り。いよいよその日がやってきた。
長袴に単衣を纏っただけの沙映と、雲丸文様の白い狩衣姿の明隆が、御帳台の中で膝をつき合わせて座っている。お互いに、緊張した面持ちだが、果たして何に緊張しているのか。高燈台の火が揺れて、二人の顔にかかる影が揺らめいた。
「で、では、その……はじめても……?」
「は、はい」
ごくり、と喉を鳴らした明隆の手が、沙映の単衣に伸びる。あらかじめ聞いていたから良いようなものの、実際にやってみると、卒倒しそうなほどに恥ずかしい。ぎゅっと目を閉じると、ふっと明隆が笑う気配がした。
「緊張してますね」
「そっ、それは……その、そうで、しょう?」
そっと肩を抱き寄せられて、沙映はぎくりと身体をこわばらせた。再び明隆が笑う気配がするのが悔しい。
「は、はじめて……なので……」
緊張しても仕方がないでしょう、という意味を込めてそう呟くと、ごほっと明隆がむせる声がした。
「っあー……私、我慢できるかなぁ……」
「え?」
片手で目元を覆った明隆の言葉に、沙映は目を瞬かせる。だが、明隆は「いや」と呟くと再び沙映の肩を抱き、耳元に口を寄せた。
「あー、なにせ……愛おしい相手とこうして過ごすのは、初めてですから」
「っ……!」
思わぬ言葉に、一気に顔が赤くなる。その顔を隠したくて、明隆の胸元に顔を寄せたとき、また高燈台の火がゆらりと揺れた。
「……明隆さま」
「しっ」
ぞわり、と総毛立つような気配が漂い、ゆらりゆらりと火が揺れる。肩に置かれた明隆の手に力がこもり、強く抱き寄せられた。
本当なら、きゅんとときめきたいところなのだが、生憎と周囲の空気がそうさせてくれない。
ごくりとつばを飲み込んだそのとき、上の方からかすれた声が聞こえた。
『……してぇ……ど……て……』
それは、嘆いているようにも、怒っているようにも――すすり泣いているようにも聞こえる声だ。はっとして明隆の顔を見上げれば、彼は天井付近を睨みあげている。
ごう、とひときわ強く生ぬるい風が吹いて、また沙映の肌に鳥肌が立った。
低く、明隆がなにやら唱えている声が聞こえる。そうして、まだ怨霊が何かを言う声も。
ざらり、と目の前に黒髪が揺れる。唐衣の姫君が、髪を振り乱して――。
『どうし……わた……あい……ああ、あい……てたのに……』
その声に、いや、その内容に、沙映ははっと息を呑んだ。