……起きたことを、今さらなかったことにはできない。だからこそ、もう会わない方がいいのだと、理性では考えている。
そのくせ、二度と会えないかもと思うだけで、身を切られるような痛みを感じる。腕の中で眠る彼女に対する愛しさも、すでに消しようがなかった。
ひゅう、とにわかに外から冷たい風が吹き込んでくる。アディは身体を起こし、手探りで衣類を見つけて身に付けた。それから、敷いていた毛布をフィリカの身体に巻き付け、少しはみ出した肩には上着を掛けてやる。
──せめてあと少しだけ、朝になるまでは。
そう自分に言い訳をしながら、再びフィリカの隣に横たわり、腕を回す。静かな呼吸が耳と胸の両方で感じられた。
どんな表情で眠っているのか、無性に見たくなった。明るくなれば見られるだろうか……それまで彼女が眠っていてくれれば。
朝になれば、この温もりを手放さなければならないのが辛い。だがその気持ちと同じだけの強さで、もう一度フィリカの顔を見たいとも思う。
彼女が少しでも長く眠っていてくれることを願いながら、アディは目を閉じた。
そのまま、完全に寝入ってしまったらしい。
次に目を開けた時には、外からの光が差し込んでいた。……そして、フィリカが腕の中にいないことに気づく。
はっとして周りを見るが、彼女の姿はなかった。荷物も消えている。彼女をくるんでいたはずの毛布はいつの間にか、アディの上に掛けられていた。
呆然とした思いで起き上がった時、右手の中に何か違和感を感じた。のろのろと手を持ち上げ開いた途端、光る物が軽い音を立てて地面に落ちる。
細い鎖に通した、小さな金色の輪──フィリカが身に付けていた、母親の形見の指輪だった。