けれど、本当の理由は言えない。正直あまり考えたくないのだ──これ以上深入りしたくなかった。
 とはいえ、自覚しないわけにはいかなかった……当初から薄々感じていた彼女への好意、それが今は違う種類のものに変質しつつあることを。
 どうしようもなく相手を欲しいと思いながら、同時に傷つけたくない──壊したくないと切望する、強い感情。
 誰にも、そんな想いを感じたことはなかった。
 今までに特別な好感を持った女といえば、知人の薬師であるカジェリンぐらいである。だがフィリカにも言ったように彼女は身内のような存在だった。……厳密に言えば知り合った当初は、今とよく似た感情を覚えもしたが、それが確定されるより先に、相手の態度も手伝って、身内としての認識の方が固定した。だからこの十年近く、彼女と男女の関係に至ったことは一度もない。
 他の女との経験ならある。しかし相手はいつも、そういう職業の女であり、故に一時以上の関係になることはなかった。
 もっとも、他の連中と比べるとその経験もかなり少ないだろうと思う。こういう体質だから、他人との踏み込んだ接触は極力避けて過ごしてきた。男女の事柄に関しても同様で、今まで特定の存在を持ったことはない。余程の欲求に駆られない限り、その手の女にも近づかなかった。
 そして、その場限りの関係を持つ際にも、理性に衝動が勝ることのないように自分を抑制してきた。理性を失った時、いかに視えてしまいやすいか──殊に、互いが本能だけに支配されるその時、視えるのがどのような記憶かをよく知っていた。
 普段は本人が心の隅に押しやっている、しかし決して忘れることのない、暗く重い記憶が呼び出されてくるのだ。確実に、本人も無意識のうちに。
 最初の相手となった女がきっかけで、そのことに気づいた。その女から視せられたのは子供の頃の記憶──育ての親から酷い虐待を受けていた当時を、打たれる痛みまで感じるほどに鮮明に。
 それ以来、常にそういった危険性を頭に置いて、警戒と覚悟を怠らないようにしてきた。どれだけ気を付けていても、完全に力の制御ができない以上、勝手に読み取ってしまう場合は防ぎようがなかったから。
 望むと望まざるにかかわらず、フィリカの記憶のかなりの部分を、すでに視てしまったと感じている。両親のこと、母親代わりだった世話役の女性のこと、唯一近しいと言える昔馴染みのこと……彼らに対して彼女が抱く思い。
 自分を産んだことが元で実の母親が亡くなり、加えてその母親に似すぎているためにフィリカが味わわざるを得なかった孤独、辛さや悲しみは、垣間視ただけでも底が知れないほど深かった。