前を行くアディの足が唐突に止まった。
本当に唐突だったので、すぐには気づけずにぶつかってしまう。こちらよりもさらに頭一つ高い長身のため、顔がまともに彼の背中と衝突した。
謝ろうと見上げたが、アディは振り返らず前を見たままでいる。フィリカがぶつかったことに気づいているのかさえ怪しいように思えた。
一体どうしたのかと、肩越しに彼の見ている方向に目をやる。確認すると同時に、血が一気に足元まで下がるのが分かった。
黒い服はあの夜と同じだが頭巾は付けていなかった。だから顔は隠されておらず、汚れてはいるが、誰なのかは容易に判別できる。
こんな所で遭遇するとは思いもしていなかった。
──ウォルグ・ロンデール・イルゼ。
その男が樹の陰から現れた時、アディはほとんど考えることなく、相手が誰なのかに気づいた。名前は半ば以上忘れているが、顔は覚えている。
フィリカが腕と背中に、痕が残るほどの傷を負う原因を作った奴だ。彼女がすぐ後ろで、男を見た途端に青ざめ、全身を強張らせた様子でさらに確信する。その途端、身体が怒りで熱くなった。
男はフィリカを認めて、にやりと歪んだ笑みを浮かべた。この上なく嫌らしいものを感じさせる笑い方だった。
アディが反射的にフィリカを背に庇う動きを取ると、男は「どけ」と明らかな命令口調で言った。
「その女に用があるんだ。関係ない奴は消えてろ」
「──生憎だが、無関係じゃない」
感情を抑えて口にした言葉に、男は「へえ?」とますます表情を嫌らしく歪めた。何を考えているかの予想がつき、さらに頭に血が上る思いがする。
男が手にしている剣をこちらに向けてきたので、アディも自分の剣を抜いた。フィリカが困惑し不安がっていることを、これから起こることを止めようとするかのように右腕に触れてきた彼女の震える手が、直接に伝えてくる。
振り向かずその手を外しつつ、アディは小声で、
「危ないから離れてろ」
と言った。心底きょとんとした顔で「……え?」と呟く彼女に、早口で説明した。
「俺が何とかするから、あんたは逃げろって言ってるんだ。昨日の小屋の場所は覚えてるか──なら、だいたいでいいからそっちの方向へ、なるべく遠くまで行っててくれ。後で必ず見つけるから」