雨を避けられる所を早めに見つけなければと、歩きながら周囲に目を配ったが、適した場所は見当たらない。そうこうしているうちに、進路の脇に小川が見えてきた。考えるより先にそちらへと方向転換する。背後の足取りが慌てたように乱れたが、無言で付き従ってくる。
 こういう水場の近くには、求めているものがある可能性が高い。直感で決めた方向に向かって川沿いに歩き始めていくらも経たない頃、後ろで水音と、重い物が落ちたような音がした。
 振り返ると、フィリカが右足を水に浸した状態で膝をついている。どんな拍子でか、小川の石か何かで足を滑らせ体勢を崩したらしい。すぐに立ち上がりかけたのだが、途中でふらつき再び両膝をつく。そのまま、顔さえ上げない様子にアディははっとして、動かない彼女に急いで近寄った。
 触れた額が、二日前と同じぐらい熱い。頬が赤くなっていることには気づいていたが、発熱していると目に見えて分かるほどではなかった──むしろ、歩き続けたせいで火照ったといった方が適当なぐらいの赤味だったから、油断させられた。
 一体いつから、と考えると同時に、またもや触れた手を通して記憶が伝わってくる。……休憩の前から、当人はすでに発熱に気づいていたのだった。つまり一刻以上は経っていることになる。
 「どうして黙ってたんだ!」
 思わず荒らげた声に、フィリカがびくりと肩を大きく震わせた。彼女が珍しく目以外に表した明らかな動揺に、アディの頭に上りかけていた血がやや下がる。自分でも思いがけない感情の迸りだった。
 さらに気を落ち着けるために、殊更にゆっくりと深呼吸をする。それから、あらためて口を開いた。
 「無理はしないって約束だっただろう。なんですぐに言わなかった?」
 「…………」
 細い声は掠れていて聞き取りにくかった。耳を近づけると、彼女はもう一度言った。
 「……これぐらい、大丈夫だと思ったんです」
 その答えにアディは苦い気持ちを感じた。フィリカが本当にそう思っているのが、言葉からだけでなく直接に分かってしまうから、苦々しかった──自分が結果的に不注意だったことが。
 彼女がそういう性質、つまり倒れるまで我慢し続けるような女であることは、この数日で肝に銘じていたはずだった。だからこそ、歩きながらも何度も様子を確かめていたのに──これだけの高熱が出ていると一見では気づけないほど、顔色まで抑えていられるとまでは、思い及ばなかった。
 ……どこまで強情な、意志の強い女なのだろう。
 だが今は、これ以上自分に苛立ったり彼女に呆れたりしている場合ではない。とうとう、雨の一粒が落ちてきたのである。