翌日は朝から暖かい日になった。
 陽が充分に昇った頃、アディはフィリカを連れて一日半過ごした洞窟を後にした。本当は念のため、もう半日ほど彼女を休ませたかったのだが、本人に大丈夫だからと押し切られた。確かに熱は下がっていたし、顔色もずいぶんましにはなっている。声にも初めて会った時の毅然とした響きが戻っていた。
 それでも不安を感じてしまうのは、正しい予感なのか過剰に心配しているだけなのか、正直なところ判断がつかなかった。
 故に、結果的にはフィリカの望む通り、目的地に向かって出発したわけだが……気がかりな思いは尽きない。
 例えば、夕方まで歩いて進んだ先に適当な洞窟などがあるかどうか  昨夜までの場所は幸い、あの夜野営していたすぐ近くにあったが、当然どこにでもあるものではない。自分一人なら全く構わないが今は怪我人がいる。戸外よりも、より暖が取りやすい空間の方が良いに決まっていた。
 それよりも、差し迫った気がかりが確実に存在する。──フィリカが本当に、進んで不調や不都合を訴えるかということだ。
 あまり気遣わないでほしいと彼女は言った。この上なくはっきりと、反論したら睨まれかねない口調で。
 その後、こちらが出した妥協案に頷きはしたが、正直にそうしてくれるかどうかは早くも疑わしい気がしている。正確には、昨夜の時点ですでに。
 会話の少し後、フィリカが自分の上着をいじり始めたので見ていたら、見覚えのある包みを取り出した。そして上着を広げかかったので、何をするつもりなのか察しがついた。袖の破れた部分を縫おうというのだ。下の衣服の破り捨てた袖は焚き付け用に使ってしまったが、上着の方は血に汚れているものの、まだ半分ほど繋がってはいた。
 右手で針に糸を通そうとしていたので、アディは当然ながら手助けを申し出た。だが彼女は首を振った。手伝う、いや必要ない、の問答を繰り返しているうちにどうにか糸通しは終わったが、震えたままの手で縫うつもりなのを見て取って、思わずその手を押さえた。
 彼女の利き手は右手のようだが、そうでない左手も結構器用に使う。だが、さすがに縫い物までは練習していないらしかった。それをそのまま指摘すると、フィリカは目に恥じ入るような色を浮かべて視線を落とした。
 初対面の日にも少し思ったことだが、彼女は表情豊かとは決して言えない反面、目には実に素直に、時にはあからさますぎるほどに心情が表れている。本人は無自覚かも知れないが今も、表情だけなら取り澄ましていると見えるが、内心うろたえているのが非常によく分かる。……あまりに分かりすぎて、指摘したのが悪かったと感じてしまうほどだった。