その直後、冷静になるより先に、森のさらに奥へと走っていたのだ。任務のことはその時、頭から吹き飛んでしまっていた。逃げずにいたら不利であったかも知れなかったが、考える前にそう行動したことは自分でも予想外だった。
 それを言うなら、連れがあの人物──ウォルグに協力したのは意外としか言いようがなかった。数ヶ月前、痛めつけられていたところをフィリカが目撃した、当の下級兵だったのだから。

 繰り返す夢からようやく覚めた時、すぐには自分がどんな状態にいるのか把握できなかった。……視界が明るいから夜は明けている。身体の下にあるのは地面で、今そこに横になっている──と考えて、逃げた後に何があったかを思い出した。
 起き上がろうとして、反射的に動かしかけた右腕が痛んだ。つ、と声が漏れるよりも早く伸ばされた腕が、フィリカの身体を抱え起こす。一瞬ぎくりとしたが、その腕の主が誰なのかは直後に分かった。
 相手には確かに見覚えがある。半年ほど前の大祭の日、国の首都で会った──そして昨夜、偶然に再会して助けられた。特に興味を覚えなかったとしても、相手の白っぽい髪とあまり見ないような薄い緑色の目は記憶に残りやすいだろう。そう考えていると、耳にとても近い所で声がして驚かされた。
 「大丈夫か──気分はどうだ?」
 聞かれて反射的に考えたものの、起き抜けのせいか、うまく頭が回らない。熱が下がりたての時のようで少しぼうっとしている……いや、「のよう」ではなく、実際に発熱した後なのだった。
 「吐き気とかしないか。何か口に入れられそうか」
 落ち着いた口調でさらに尋ねられ、質問ごとにしばし考えてから、どちらにも首を縦に振る。熱が引いたからか、意外に体調自体は悪くない気がした。
 「分かった。水を汲んでくるから、ちょっと待っててくれ」
 と言い置き、相手は立ち上がった。手に水袋を二つ持って、外へ出ていく。その時初めて、今いるのが小さな洞窟のような所であるのに気づいた。昨夜最後に覚えている場所は、位置は分からないながらも、少なくとも洞窟ではない開けた場所だった。
 思わず身の回りを確認して、非常用の食料など最低限の物が入った小さな荷袋が手の届く所にあり、服装にも昨日と違う様子がないことにほっとする。
後者に関しては、昨夜の約束を疑うわけではなかったのだが、つい反射的に見ていた。
 そこでやっと息をつき、水袋のことに思い至る。
 外へ出た彼が二つ持っていたのは目にしていたが、念のため確かめるとやはり荷の中に水袋はない。先程見た限りでは中身はほとんど空のようで、飲んだ覚えもないのに何故減っていたのだろうかと考えて……現在、喉が渇いてはいるものの、それがごく軽い感覚であることを自覚する。