事情は分からないが、彼女がこんな場所まで来て気を失っているのは、おそらくそれが原因なのだろうと察した。傷のせいで熱が出ているのか、肩でしている呼吸が速い。
先程よりもさらに注意深く、彼女の身体の下に腕を差し入れ、できるだけ揺らさないようにゆっくり抱き上げる。……思っていた以上に細い。その見た目よりは重量があるかも知れないが、アディにとっては充分に軽かった。
焚き火になるべく近い樹に凭れさせ、額に手を当てると、やはり熱い。右腕の、少々雑な感じに巻かれた布に染み出している血が、最初に見た時よりも広がっているように思えた。
傷の具合を見てみなければ──と結び目に手をかけたが、ずいぶんときつく結んであって容易に解けない。指を入れるのさえ一苦労である。
ようやく結び目が緩みかけた時、彼女の肩がぴくりと動いた。手を止めて顔を上げると、ちょうど彼女がまぶたを開くところだった。
何気ない動きで顔が心持ちアディの方に向けられる。その途端、彼女の目が見開かれた。
こちらを突き飛ばしかねない勢いで身を遠ざけようとして、勢い余って右腕を地面についてしまい、彼女は痛みに顔をしかめた。
いきなりの動作だったので咄嗟には対応しそこねたアディだったが、すぐに彼女を押さえにかかる。
肩をつかまれた彼女は必死に抵抗した。予想はしていたが大変な力で、振り回す腕がこちらの顔を直撃しかけたため、押さえる手を肩から両腕に移動させる。傷に響くかも知れないのを承知で、わざと必要以上に力を入れて。
「落ち着いてくれ──俺のこと、覚えてないか」
懇願するように言うと、ようやく彼女は動きを止め、顔を上げた。訝しげな表情が数度のまばたきの後に消えて、「……あ」と呟く形に口が動く。
「分かるか? 去年の秋、カラゼスで会った──」
最後まで言う前に、慌てた様子で彼女は頷く。同時に、押さえている腕の強張りがいくらか解けた。
「すぐそこに倒れてたから、こっちに運んだんだ。……傷の具合、見せてもらえないか」
と指し示して言うと、彼女は明らかに動揺した。状況がまだ把握しきれない、困惑気味な表情はほとんど動かなかったが、目が物語っていた。
妙に不安げに、自分の腕とアディの顔を交互に何度も見る。何を不安がっているのか、視えたわけではなかったが、容易に推測はできた。
「あ、と。手当てだけだから。絶対に余計なことはしない。……万が一何かしようとしたら、殺してくれて構わない」
本気でそう思ったので、アディは迷いなく言い切る。その言葉に彼女は息を呑んだ。不安が驚愕と困惑に変わった目を伏せ、考え込むように俯く。
長い間の後、ようやく再び頷いて、彼女は緩みかけた結び目に手をかけた。左手だけのぎこちない様子に、解くのを手伝おうかとも思ったものの、直感で、当人がそれを望んでいない気がした。だから手出しせず、彼女が上着を脱ぎ、自分から腕を差し出すまで待った。