歩いているのか倒れそうになっているのか、それさえも分からなくなってきた時、視界の隅に光が映った。樹々の隙間を通して、光が揺れているのが小さく見える。
十中八九、誰かが野営をしているのだ。
余程の物好きでない限り、この森のこんな奥まで来るのは何か訳ありの人間だろう──今の自分のように追われて逃げてきたとか。つまり犯罪者の可能性も高いということだ。
……普段ならともかく、今は近寄るべきではないと思いながらも、何故か足は光の方向へと向かう。気づくと、その発生源がやはり焚き火だと確認できるほどに近づいていた。
炎の傍に、人影がひとつ見えた。こちらを振り返り、立ち上がりかけた……ような気もする。
それが限界だった。
地面に吸い取られるように足の、次いで全身の力が抜ける。その場に倒れ伏すのと同時に、フィリカの意識は遠のいていった。
近づいてくる気配を感じ取った瞬間、物思いから覚めたアディは反射的に身構えた。
それは妙にゆっくり、だが確実にこちらに向かってくる。足音が耳に届くよりも前に、気配の正体は人間だと判断した。動物にしては近づき方に迷いがなさすぎる。
何が起こっても即座に対処できるよう、中腰の姿勢を取る。その時、炎に照らされる距離まで来た人影が突然動きを止めた──と思った直後、影はその場に崩れ落ちた。糸の切れた操り人形のように。
……しばらく待ったが、起き上がる様子はない。
立ち上がり、警戒心は解かないまま、早足で動かない影へと近寄る。左腕を身体の下にした格好でうつ伏せに倒れているのは、どこかの軍服らしき姿の短髪の人物だった。
この服にはどうも見覚えがあるなと思いながら、注意深くその上半身に手を添え、横向きにする。目を閉じた顔が見えた瞬間、アディは目を疑った。
服装がかろうじて判別できる程度にしか届かない炎の光の中でも、鮮やかに浮かび上がる白い顔。
忘れ難い美貌の持ち主は間違いなく彼女──半年前のあの日に会った、コルゼラウデの女兵士に違いなかった。
ほんのわずかの間、頭が真っ白になる。本当につい先程まで、彼女のことを考えていた。あまりにも間の一致した偶然を、幻かと疑ってしまうほどに。
再度相手の全身を見直してようやく、右の二の腕に布が巻き付けられていることに気づく。白い布のあちこちに、黒っぽい染みが付いているのが分かった。……怪我をしているのか。