そんな自分が、我ながら妙に思える。確かに彼女に恩は感じているが、それ以上でも以下でもない。……そうに違いないのに。
 あの日の様子を見る限り、彼女は非常に優秀な兵士なのだろう。対処できない状況に陥ることなど、めったにないはずだとアディが思えるほどに。
 そう考えながらも、気がつけば心の底には、一層増す不安があった。彼女なら、戦いが始まったら誰より早く最前線に飛び込んでいくのではないか、という気がしてしまうからだ。
 ──だが、それで命を落としたとしても、彼女自身が選んだ結果である。兵士なのだから、むしろそれで当然ではないか。
 なのに何故、彼女に危険が及ぶ可能性を考えて、筋の通らない不安──恐怖感を覚えるのだろう。
 背中に感じる寒気は、冷たい外気のせいだけではなかった。しかし理由までにはやはり思い至らずにいた。あの時と同じように。



 どこを走っているのかは、とうに分からなくなっている。これ以上奥に進むのは危険だと、頭の冷静な部分が警告していることに気づいてもいる。
 それでも、まだ彼らが追ってきているかも知れないと思うと、フィリカは足を止められなかった。
 一歩ごとに、右腕に響く振動が大きくなってくるように感じられる。
 その時、はたと気づいた。逃げることに必死なあまり、血止めをしていなかったことに。思わず舌打ちをしかけたが周囲の静けさ故に堪えた。
 どれだけ逃げようと意味がないではないか──そう考えてから、今が夜中であることを思い出した。しかも今日は月が出ていない。地面に落ちた血の痕など、この森の中で見えるはずもなかった。
 頭がひどく混乱している。出血と痛みのせいだろうか……ともかく、止血だけはしておかなくては。
 身を隠せそうな大きな樹を見つけ、ようやく足を止めた。陰に身を屈め、周囲に人の気配がしないことを確認してから、荷物から取り出した道具で手早く処置をしようとする。だが左手だけでは思うようにいかず、焦れったい思いに冷や汗が流れた。
 歯を使い、やっとのことで腕を傷ごと布で縛る。
 そこまで終えるのに、恐ろしく長い時間が経ったような気がした。再び周りの音に耳を澄ませてみるが、足音その他、人間が立てるような音は聞こえてこない。そこで初めて、大きく息を吐き出した。
 ──まさか、こんな場所で仕掛けてくるとは。