山脈の裾野から周辺の国々に延びる森の一部には各国により境界が定められているが、山々へと続く森の奥はどこの統治下でもなかった。広すぎる上に樹々が密集し空が見えにくく、慣れた者でも油断をすると方向感覚を失うほどであるためだ。
そのような奥地を歩くのは、そこに住む動物か、余程の必要に迫られた人間……例えば何かに追われる者、あるいは面倒を避けて国の間を往来する者。アディは後者だった。
アレイザスの二つ東隣の国、エレニスまで行った帰りである。そこの首都にある傭兵団の窓口所に寄り、連絡員と会ってきた。国内情勢を含めた近況を調査し、団長への連絡があれば持ち帰るために。
今回は急ぎではないが、いくつかの事後報告事項があった。それを預かり、集落に戻る途中である。
入出国はその都度正規の手続きをしており、決して不法な真似はしていない。だが山裾の方、各国の軍や警備隊の監視下にある付近を行くと、見回り兵に見つかるたびに不法入出国者でないことを説明しなければならず、非常に面倒なのである。根本的にあまり人と関わらずにいたいアディとしてはなおさらだ。
とはいえ近頃は、普通の旅行者のように、街道などを使うことを考えないでもなかった。多少は手間取るがその方が安全なのも確かだ──ただし、コルゼラウデを経由する場合に限って思いつくことだった。
そんなことを考えるようになったのは約半年前、あの祭りの日以降である。そして考えるたびに、何故なのかと自身に問いを投げかけていた。
……あの国が気になるのは彼女がいるからだと、たどり着く結論はいつも同じだ。
エレニスの連絡員と会った時、どういう流れでだったかは覚えていないが、コルゼラウデの現状が話に出た。連絡員はほんの少し口にしただけだったのだが、穏やかとは言えない内容が気になり、アディは詳細な情報を求めた。
らしからぬ熱心な尋ね方を相手は不思議がったものの、知っている限りの話はしてくれた。隣国のことだけに、連絡員はまめに噂を集めているらしい。
内戦が起きるかも知れないという情報は、傭兵団にとっては仕事が発生する可能性を意味する。おそらく情報自体はすでに、コルゼラウデの連絡員からボロムに伝わっていると思われる。
だがアディは、情報通りに事態が進むことは願っていなかった。
内戦が起これば、最も被害を被るのは一般国民である。住む場所や生活の糧を失い、理不尽に命を落とす者も少なからず出ることになるだろう。
そして、あの女兵士が属する国軍は、否応なく内戦の当事者となる。王子と王女、どちらの派につこうとも、武力行使の事態に至れば兵士は戦わなければいけない──当然、彼女も。
関係無いとは思いながらも、彼女が危険な目に遭うような事態にはなってほしくないと、連絡員の話を思い出すたびに考えている。……いや、女兵士のことを思い出す方が先なのか、どうなのか。