それについて、レシーが直接的な言葉を言ったことはない。しかし、危険な目に遭う前に軍を辞めた方がいいとは何度か口にしている。特にここ最近は──数週間前の一件があってからは。
あの時の相手が、そのうち絶対、良からぬことを仕掛けてくるとレシーは思っている。相手の性格を考えると、何かしらくだらない真似はしてくるかも知れないとは、フィリカも思わなくはない。
これまでにも様々な手出しを、少なくない数の人間から受けてきた。そのたび、降りかかる火の粉は全て、自分の力で払ってきた。だから今後も、何かあったら自分自身で対処するつもりでいる。
だがレシーは、それでは済まないかも知れない、とまで危惧していた。あいつは今までの連中とは違うと、はっきり言ったこともある。
確かにあの相手は、身分に比例してか育てられ方の結果か、自尊心が不必要なまでに高い。そういう人間が意に添わない状況に陥らされたらどうするか……逆恨みで、ろくでもない「復讐」を仕掛けてくるのではないかというのが、レシーの危惧の具体的な内容であった。
しかし何か考えていたとしても、大抵どこかに人の目があるような軍の中で、大層な真似などできはしないとフィリカは思う。また、そういった度胸のある相手にも見えない。
その意見にも一理あるとは認めながらも、レシーの不安は続いているようだった。彼が、数少ない機会を見つけて説得しようとする言葉の先には、軍を辞めても行き先がないわけじゃない──つまり、自分の実家に来ればいいという思いがあるのだと知っている。
子供の頃以来、もう長いこと会ってはいないが、レシーの一家は親切な人たちだ。もしフィリカが、家族の一員になることになっても、驚きはするだろうが快く受け入れてくれるだろう。
けれどそんな気はなれないのだし、そもそも何と言われようと、軍を辞める気はなかった──危険に遭遇したとしても運命だとさえ考えているほどに。
何故なら、今のフィリカにとって、軍人であることがただ一つの拠り所だから……父と自分を繋げてくれる、唯一の事実であるからだ。
それをなくしたら、生きる意味もなくなってしまうと、本気で思っているのだった。