起き上がれずに泣き続けているうち、周囲の闇は次第に、痛みと疲労、そして絶望感にさいなまれる彼の思考を麻痺させつつあった。もはや暗闇が怖いという感覚も消えていた。
……堪え難いほどの眠気が押し寄せてくる。
何がどうなろうと、もうどうでもいい。そんなふうにさえ思い始める。
その直後、何かが動く音がはっきりと聞こえた。遠くない場所から、断続的に、こちらに近づいてくる──生きている何かが立てる音。
能力による鋭敏な感覚が、彼の思考を揺り起こした。途端に眠気が吹き飛び、恐怖心がよみがえる。
近づくにつれ、それが人間であることが分かってきた。木々の間に光が揺らめくのが見えたし、相手の考えていることが言葉で伝わってきたからだ。
〈子供の泣き声みたいに聞こえたな……だがこんな所に、こんな夜中に──?〉
どうやら彼が泣いていたのを聞きつけたらしい。多少の警戒と戸惑いは感じているが、害意は持っていないようだった。
足音がにわかに速くなり、手にした松明とともに相手が姿を現す。剣を腰に帯びた、彼の父親ぐらいの年頃に見える旅装の男が一人。
彼の──五歳程度の子供の姿を目にして、相手は納得と驚きを同時に感じていた。それをそのまま口に出す。
「やっぱり子供か……おい坊主、なんで一人でここにいる? 親とはぐれたのか」
口調は素っ気なく、むしろ無愛想に聞こえるほどだが、相手が本心からこちらを心配しているのが、彼には分かった。それは、久しく誰からも……両親からも向けられることのなかった感情。
答えない彼に、男はさらに近づいてきた。すぐ前の地面に膝をつき、こちらの顔を覗きこんでくる。
「腹減ってないか?」
その問いかけには思わず頷いてしまった。今朝、連れ出される前に食事して以来、何も食べてはいなかったからだ。彼の反応の早さに、聞いた当人は口の端を持ち上げる。
「なら付いてこい。大したもんじゃないが食う物が向こうに置いてあるから。ほら」
立ち上がった男が差し出した手をつかむことを、彼はしばし躊躇する。両親や村の人々の顔──彼が手を伸ばして触れようとした時に見せた、嫌悪の表情を反射的に思い出したのだ。
けれど、この相手は彼の能力を知らないのだし、彼に対する気遣いに裏がないことも伝わってくる。
──ともかく、何が見えようと聞こえようと、口に出してはいけない。その判断ができず、他意なく喋ったりした結果が今の自分の状況だと、幼い頭でも彼は認識していた。ならば、黙っていれば知られることもないはずだと結論づける。
おそるおそる伸ばした彼の小さな手を、相手は掌にすっぽり収め、痛くない程度に握りしめた。
その温かく大きな手に触っていてもなお、彼に見えるもの聞こえるものは、純粋な同情に起因するものばかりだった。同時に、子供をこの森に連れてくるなんて何を考えていたんだと、彼の親に対し怒ってもいた。
他には何も──余計なものは見えも聞こえもしない。そのことがようやく、彼を少し安心させた。
──それから十九年後。