レサデアルド・ホルトはその部屋の前の廊下で、四半刻が過ぎても待っていた。
 長引いてはいるが会話は静かに行なわれているようで、室内の声は漏れてはこない……彼女の声も。もっとも、彼女はどんな場合でも、めったに声を荒らげることのない性質ではあるが。
 すでに、本館のこの辺りを通る人の姿はほとんど見られない。待ち始めた頃は、単身者用の宿舎へ戻る兵士たちが絶えず通り、顔見知りは残らず意味ありげな視線を向けてきた。訓練生時代からの同期の一人に至っては「ようレシー。また彼女待ちか?」などと露骨に声をかけてくることさえした。
 彼女をここ、下級兵と上官が話すための執務室へ呼んだのがレサデアルド──レシーの上役に当たる中隊長であることは、多くの同僚が知るところだった。訓練終了後、解散が告げられて間もない頃に、レシー自身が呼び出しを伝えに行ったのである。
 ──王宮に程近い、コルゼラウデ国軍施設。
 小国ながら数千人規模の兵士を抱える背景には、建国後に目立った戦争や内乱が起きていない事実がある。保障制度も整備されているため、懲戒以外の除隊であれば、生活に困らない程度の収入は約束されていた。故に、毎年の志願者数は少なくない。その中でも資産に余裕のある家の者は、幹部候補としての入隊を目指し、二年間の訓練生課程をまず修める。彼女もレシーとは課程での同期だった。
 だが彼女も自分も、他の訓練生とは一線を画している部分がある。レシーは別に幹部になりたくて入ったわけではなかったし、彼女は……
 その時、扉が開く音がした。物思いから覚めて顔を上げると、彼女が姿を見せた。
 表情は、呼び出しを伝えた先程と変わらず一見冷静だが、視線がやや俯き加減になっている。それが機嫌が良くない証であるのは、長年の観察結果からすでに知っていた。
 扉を閉めてから廊下にいるレシーに気づき、相手は一瞬だけ足を止めたが、すぐにまた歩き出す。宿舎の方角へ向かう彼女に付いていきながら、話しかけた。
 「何の話だったんだ?」
 予想はついていたが、それでも気になるので尋ねてみた。少しの間の後、レシーの方には顔を向けず彼女は、硬い口調で簡潔に答える。
 「年始の、模擬試合のこと」
 やっぱり、と思ったのは去年も同じことがあったからだ──約一ヶ月後の、王族も観覧する祝賀行事に、代表として出場を促されたに違いなかった。
 「……で、やっぱり断ったのか」
 「相応しい人なら他に大勢いるし、私は、見せ物になる気はないから」
 それが当然だと言いたげだった。