そう言って女兵士が上着から取り出したのは、応急処置の際に血を吐き出した布と──いつの間に拾ったのか、アディの腕に刺さったと思われる吹き矢だった。
 「解毒薬の作り置き、ありますか」
 「あるけどね、はっきりしないうちに判断するのは危険だよ。まあ調べるには時間が必要だから、抑制の汎用薬を出しておこう。自然に抜けるまでには、今までの例からして半日以上かかるしね」
 「すみません、よろしくお願いします」
 老薬師に頭を下げ、女兵士は出入口に向かって身を翻した。早足で出ていきかける彼女に、アディは慌てて声をかける。
 「あ、……っと」
 「何か?」
 足を止めて振り返った彼女に見つめられ、何故だか分からないながらも、緊張を感じた。
 「その、……助かった。ありがとう」
 緊張しながらも視線を合わせて言うと、彼女の目が揺れたのが分かった。冷静な表情は一見変わらないが──どうやら、驚いているらしかった。
 「いいえ、仕事ですから。それじゃ」
 わずかな間を置いてそう返すと、彼女は今度こそ振り返らずに外へ出ていく。口を開く直前に微妙に視線をそらした様子には、あるいは礼を言われ慣れていないのか、照れて戸惑った思いが現れていた。
 ……能力で感じ取ったからではなく、相手を見ていてごく自然に、そんなふうに判断した。
 そういえば、彼女と接触していても何も視聴きしなかったなと、今さらながら気づいた。そんなことは珍しい。意識した場合でも内面が視えにくい、といった人間も稀にはいるが、全く何も伝わってこなかったというのは──相手の自制心が余程に強い、もしくはこちらへの関心がないに等しいのだと考えられる。
 後者だったら少し残念だな、と無意識に考えてから、はっと我に返った。……何が残念だって?
 あの女兵士に、関心を持たれなかったかも知れないことが? 何を馬鹿げたことを。
 つい先程会ったばかりで、彼女の名前すら知らないのに──と考えると同時に、それを探ろうとしなかったことを後悔している自分に気づいて、さらにうろたえた。本当に何を考えているのか、と己を叱咤する。
 「──さっきの、彼女は」
 妙な未練を馬鹿げていると思いながらも、薬湯を持って再び奥から出てきた老薬師に、アディはつい尋ねていた。
 「ああ、まあ服装で分かっただろうけど軍人さんでね。時々、あんたみたいな怪我人とか見つけて連れてくる。真面目な娘さんなんだ」
 その口調に、単なる仕事での付き合い以上の含みをこちらが感じ取ったのを、言った当人も気づいたらしい。微妙に複雑な笑みを浮かべて付け加える。
 「子供の時から知ってるんだよ。昔は、ここからわりと近いところに住んでたから……未だに、名前を教えてくれないけどね。家名で事足りるからって」
 「家名?」
 「このへんじゃ古い家だったんだ、メイヴィル家はね。代々軍人さんの家で」
 家名のある家の生まれ──なら普通はそれなりのお嬢様のはずだが、老薬師の話からは違うような印象を受けた。今はもう存在しない家であるような。
 女兵士はどう育ったのだろうかと想像しかけて、慌てて打ち消した。何故そこまで気になるのか──気にしていることに気づくたびやたら動揺してしまう理由は、その時はまだ分からないまま。