その時アディの内に沸き起こった、喜びと幸福感は予想以上だった。到底言葉には表せず、他に方法がないという思いに突き動かされ、フィリカを抱きしめる。……一年前よりも柔らかみが増したように思う。そして、心地良い温もりは同じだ。
 愛おしさがこみ上げ、胸の中に溢れた。
 「ありがとう」
 掠れた声でやっとそう言うと、腕の中でフィリカは無言のまま首を振った。控えめだがひたむきな仕草で、身体を預けてくる。
 彼女の耳元で、もう一度名前を呼ぶ──そして、初めて想いを声に出して告げた。愛していると。
 はい、とフィリカが再び頷いたのを、胸で直接感じた。触れ合った身体を通して、言葉よりも確実に彼女の想いが伝えられる。
 腕を緩め、頬に手を添えて顔を上向かせる。
 「アディ」
 その時、フィリカが呼びかけてきた。初めて名前を呼ばれたと、後で思い返して気づく。
 「ひとつだけ、お願いします。私の知らないところで、いなくならないでください。だから……どうか無茶はしないで」
 本当は、危ないことはしないでほしいと言いたかったに違いない。だがそこまでは言えないから、無茶と置き換えたのだろう。それだけに、言葉はひどく切実な響きを伴っていた。
「分かった、無茶はしないって約束する。──おまえと子供のために」
 二人称が変わったことに驚いたのか、フィリカは目を見開く。何度かまばたきをした後、彼女はようやく笑顔になった。初めて見る、花が咲いたような明るい安堵の笑みにつられて、アディも笑う。
 カジェリンが見ていたなら、十一年前に視た光景と同じだと言ったかも知れなかった。
 フィリカの顔を正面から見つめ、目を覗きこむ。
 暮れ行く空の最後の色と同じ、限りなく深い青。
 他のどんな色よりも綺麗だと思いながら、その瞳に引き寄せられるように、彼女と唇を重ねた。

 その夜二人は、外が明るくなるまで互いを離さずに過ごした。離れていたこれまでの月日を埋めるように──そしてこの先、心は二度と離れないという約束を刻みつけるために。



                              - 終 –