しばらくして再び、赤ん坊は眠そうに目を細め始めた。アディの指からそっと小さな手をはずして、フィリカは寝台の側に置かれた揺り籠に赤ん坊を寝かせる。
 やがて、小さな歌声が聞こえ始めた──フィリカが赤ん坊のために歌っているのだ。澄んだ声はとても優しく、室内にやわらかく響いた。
 「……フィリカ」
 歌声が止まってから呼びかけると、彼女は先に顔だけで振り向いた。
 「はい」
 赤ん坊が眠ったのを確かめて揺り籠に背を向け、アディと向き合う。
 「俺は……自惚れてもいいんだろうか」
 「え?」
 「あんたに、待っててもらう資格があるのか?」
 フィリカの表情から微笑みが消え、無表情に近い強張った顔になる。彼女の目に明確に浮かぶ驚きに決意が一瞬後退しかけるが、懸命に奮い立たせた。
 「俺はまだ傭兵の仕事を辞めるわけにはいかない。あんたを巻き添えにしたくないから、仲間のところにも連れて行く気はない。勝手なことを言ってるのは分かってる……だけどいつか、充分に働けたと思えた時には、別の仕事に就こうと思う。それがいつになるか分からない、なんてのは本当に身勝手な話だけど──もし、それでも許してくれるなら、待っていてほしい」
 一息に言い終えた。言葉を締めくくった途端、心臓の音が耳のすぐ内側で響くのに気づき、どれだけ緊張していたかを自覚する。呼吸をなんとか整えつつ、フィリカが何か言うのを待つ。
 だがしばらく待ってみても、彼女は答えない……表情の強張りも解けないままだった。にわかに不安が大きくなり、
 「あ、いや。もし俺の自惚れでしかないってことなら、さっき聞いたことは忘れ──」
 慌てた口調でアディが言い添えかけたその時。
 「…………んですか」
 囁きのような声が聞こえた。
 「えっ?」
 「いいんですか。……これからも、あなたを待っていても」
 声の震えを必死に抑えるフィリカの言葉に驚きながらも、アディは頷いた。
 「あんたが、承知してくれるなら」
 その瞬間、フィリカの表情が崩れる。この上ない泣き顔と笑顔が混ざったかのような顔になりかけたことに本人も気づいたらしく、焦った様子で俯く。そしてしばらくの後。
 「……はい」
 頷きとともに、彼女もはっきりと答えを返した。