やはりまず、何故ここにいるのかを聞くべきか。……いや、今は身体は大丈夫なのかも気になるし、知らせてこなかった理由も……
 「──あの、今日はどうしてここに?」
 顔は俯きがちなまま、上目遣いにフィリカが尋ねる。先を越されたと思いつつ、答える努力をする。
 カジェリンからの手紙で来るように何度か催促されており、今日やっと都合がついたのだと、半分は嘘の説明をする。わざと立ち寄るのを避けていた、というのはやはり本人の前では言いづらい。フィリカがいると知っていて来たわけではないから驚いたことは、正直に言ったが。
 彼女は「そうですか」と返したものの、やはり何となく上の空で、落ち着きもない様子である。何か気になっていることがあって、答えることにも意識が向けきれないという感じがする。
 ……あるいは、会いたくなかった人間に会って、気がそぞろな心境なのかも知れなかった。
 「久しぶり、だな」
 考えてみたら挨拶もしていなかった、と気づき、今さらながらそう口にする。
 「……はい、本当に」
 「元気そうで良かった」
 と言うと、フィリカは微かな笑みを浮かべたが、どこか複雑そうな表情でもあった。
 「カジェリンさんが、良くしてくれましたから」
 短く言って、再び視線を落とす。
 やはり、彼女はアディに会いたくなかったのかも知れない。いや、むしろそれで当然だろう。
 思い知らされて、心に痛みを全く感じないわけではない。だが自分と関わりなく生きていくのがフィリカのためだと、その思いは今も同じだったから、彼女の気持ちが変化したのなら、その意味で喜ばしいことには違いなかった。
 そんなことを考えている間に、また重い沈黙が下りている。……どうしたものか本当に分からない。この状況で、他に聞くべきことなどあるとは思えなかった。
 フィリカがここにいる理由もどうでも良くなっていた──カジェリンの助手をしているのは、当面の生活手段として適当と考えたからだろうし、それには同感だったから。彼女なら真面目で優秀な助手であるはずだし、その気があれば良い薬師にもなれるだろう。
 ……何とか口実を見つけて退散するべきかもな、と思い始めた時。フィリカが突然、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
 ほぼ同時に、奥へ続く扉の向こうから、破裂するような音がした──いや、音と言うよりは声、しかも子供の泣き声。そう思い至った瞬間、頭が真っ白になった。
 すでにフィリカは、一目散に奥の部屋へ駆けていっている。先程以上の衝撃で頭が回らなかったが、確かめないわけにいかない、とは辛うじて考えた。