別の、道を走ってきた人間が今度は本当にぶつかり、ぼんやりしてるんじゃないと怒鳴られた。それで我に返り、閉まったばかりの扉を、蝶番を破壊する勢いで開く。
診療部屋にいたのはカジェリン一人だけだった。──実に整然と片付けられた、診療所らしい室内。
何故最初に、この状態を疑問に思わなかったのだろう。出会った頃から十年以上「整理整頓は苦手」だと公言し続けている彼女が、たかだか一年で苦手を克服できた訳がないではないか。
振り向いた女薬師は、アディの扉の開け方に驚いた顔をしながらも、唇の端は笑っていた。……非常に人の悪そうな笑みだった。
「──今、ここに入ってきたの」
ああ、と頷くと同時に、カジェリンの人の悪い笑みはますます深まる。
「うちの助手よ。さっきはいなかったから紹介できなかったけど」
「……いつから」
「いつからって、まあねえ」
それ以上は言葉を濁して言おうとしない。思わず苛立ちを感じ始めた時、
「カジェリンさん? 今の音、患者さんで──」
奥から、澄んだ声とともに現れた姿に釘付けになる。相手もこちらを認めて足と言葉を止めた。
……髪が伸びて、少し頬がふっくらしたようで、雰囲気が違う。だが見間違いようもなく、女物の服を着てそこに立っているのは、フィリカだった。
沈黙を破ったのは、女薬師の唐突な一言。
「それじゃ、私は往診に行ってくるわね。しばらく戻らないから後はよろしく」
そして、そそくさと荷物を抱えて出ていこうとする。アディは慌ててカジェリンの肩をつかんだ。
「ちょっと待て、説明──」
「彼女からしてもらえば早いでしょう。じゃあね」
満面の笑顔で、こちらとフィリカの両方に手を振り、さっさと出ていく。扉が鼻先で閉められ、仕方なく振り返ると、彼女は明らかに困った顔で俯いていた。
……沈黙が、非常に重くて辛い。
「座ろうか」と言ってしまってから、立場が逆だなと思った。自分はここの住人ではないのに。
さらなる気まずさを感じながらも、言った手前、一番近くにあった椅子を引き寄せて先に座る。それを見て、フィリカも傍の椅子に腰を下ろした。
その動きにどこか上の空なものを感じたが、何から聞くべきかを必死に考えていたため、その時はあまり気に留めなかった。

