「──あの子は、いい娘よね。あなたには勿体ないぐらい」
全くその通りだと思う。だから「そうだな」と頷いた。するとカジェリンは表情を奇妙な具合に歪めた。……苦笑いなのか呆れているのか、それともまるで別の感情なのか、判断がつかない。
何やら居心地が悪くなってきた。
「──それより、何か用件があるんじゃないのか」
と言うと、カジェリンはふいと目を逸らした、奇妙な表情はそのままに、「んー」とか何とか、頬を指先でなぞりながら、あらぬ方向を見て呟いている。
意味不明な態度だった。
「……あのねえ、今日はまだ忙しいの?」
「いや。役目は全部済ませてから寄ったんだが」
「なら、そうね……一刻ぐらいしたら、また寄ってくれる? それまでどこかで時間潰してきて」
「……? 今すぐ話せないのか?」
「んー、ちょっとね。時間が要るの」
はぐらかす彼女の様子はどこか楽しげでもある。──まさかな、と一瞬だけ思った。
本当に一瞬だけで、すぐに打ち消した。そんなはずがない。
「何だそれ。どういう意味だ?」
「いいから、ほら。また後でね」
言いながら、カジェリンはこちらの背中をぐいぐいと押して、扉の方へと押しやる。そこまでされては従うしかない。外へ出る前に一度振り返ったが、彼女は再び穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
首を傾げながら、扉を後ろ手に閉める。
……しかし一刻もどうやって潰せばいいんだ、と自問する。手持ち無沙汰な時間は苦手極まりなかった。
仕方ない、とりあえず町の中を一回りでもするしかないかと思いながら、しばらく道を歩く。少し先の角に差し掛かった時、ちょうど曲がってきた相手にぶつかりかけ、反射的に寸前で避ける。
──直後、殴られたような衝撃とともに思い切り振り向いた。余程急いでいるのか、相手はぶつかりかけたことにも気づかなかった様子で、全くこちらには目もくれずに走っていく。
だから、顔は見えなかった。……だがそれでも、あれだけ背丈のある──こちらの肩先より高い位置に頭のてっぺんが来る──女が、そこらに何人もいるだろうか。
急いで踵を返し、その後姿を追う。うなじで一つに結んだ短い黒髪の先を揺らしながら、彼女が駆け込んだのは──アディがつい先程出てきた、診療所の戸口だった。しばし呆然とその場に立ち尽くす。

