会話の途中からボロムの目に、何か問いたげな色が混ざってきたのは、その一件を思い出したのかも知れなかった。
……フィリカに関して突発的な事態が起きたのなら、最初の半年のうちに何らかの報せがあったはずだと思う。カジェリンの性格からして、黙っているとは考え難い。
そうは思いながらも、やはり気にはなった。ボロムが冗談混じりに付け加えたように、カジェリンを怒らせるのは得策でないというのも、同感だった。ただでさえ様々な意味で、頭の上がらない気分にならざるを得ない相手なのだ。
そういうわけで、決意して来てはみたものの、町に入る前にためらいを覚える体たらくである。ここから診療所まではまだ距離があるというのに。
陽は、ようやく空の一番高い位置に上った頃だ。……日没までこうしているわけにもいかない。
アディは深呼吸して気合いを入れ、足を前へ進めた。建物の前まで来た時にも、再度深く息を吸う。
扉を二回叩くと、これまでの大抵の訪問時と同じく、間髪入れずに応じる声が聞こえた。開いた扉の内側から顔を出したのは、小柄な女薬師が一人。
カジェリンの表情は最初から穏やかな笑顔で、とても数日前に脅し半分に呼びつける手紙を書いたとは思えない。ちょうど診療の合間だったのか、患者の姿はなく、室内はしんとしている。
──奥から誰かが出てくる気配もないことに安堵し、アディはようやく息をついた。
そんなアディの様子をちらりと見て、カジェリンが口を開く。
「全くもう、一年も顔を見せないなんてどういうつもり? そんなに薄情だとは知らなかったわ」
酒場か娼館の女のような台詞である。
年齢はともかく、未だ背丈も顔立ちも十代前半にしか見えない彼女がそんな言い方をしても、まるで様にならない。それは当人も分かっているようで、わざと恨みがましい口調まで作りながらも、今にも笑い出しそうに口元が震えていた。
緊張が少し解けて、思わず吹き出してしまった。カジェリンも同じ反応をする。まさかそんなことが言いたくて呼んだわけじゃないだろうと言うと、彼女は「まあね」とあっさり返した。
ならさっさと用件を、とアディが言うより先に、「ところで」とカジェリンが切り出す。
「まず聞くべきことが、何かないのかしら?」
やはり、見逃してはくれないらしい──当然すぎるほど当然であるし、本来は率先して改めて礼を言わなければならないことである。だがどうにも言葉に出し難い気持ちだった。
「……ああ、けど大丈夫だったんだろう? 説得、してくれたんだろうし」
視線に耐え切れずに口に出したものの、逃げ腰の発言になってしまった。案の定、彼女は即座に何か言いたげな顔をする。だが予測に反して、何故だか実際には文句も小言も口にしなかった。代わりに、一人言のようにこう言った。

